小さなワクワク

この時期は毎年忙しいのだが、今年もまた例に漏れずカレンダーは「黒く塗りつぶせ」状態。(>_<) 流行語大賞がどうの紅白の司会がどうのとまったく興味のないトピックスでも目にするとどうしたって年の瀬を感じずにはいられない。昨日はスーパーでジングルベルが流れていた。
自分へのクリスマスプレゼントに『ニンテンドーswitch』が欲しい。
昨日、ミーティングにお邪魔したお宅ではその家のお子さんがリビングでswitchをやっていた。応接間がなかったので「スーパーマリオ・オデッセイ」をプレイ中の子供と同じ空間で打ち合わせである。
落ち着かない。
画面の中のマリオの動きが気になってしょうがない。
しかもその子は「ひとり実況」しながらのプレイである。
「品薄らしいですが、よく手に入りましたね」と言ったら、抽選に当たったのだという。
ゲーム機を買うために抽選とは、なんとも景気のいい話である。
ファミコン版「スーパーマリオ3」が発売されたとき、僕はそれこそそのお宅の子供と同じくらいの年齢だった。冬だった。兄へのクリスマスプレゼントとして、だったのだろう、母親に手を引かれて近所のモールに買いに行った。入り口から中へ入ると、動きを停め、階段と化したエスカレーターに長蛇の列が出来ていた。その列が1階から3階のオモチャ売り場まで続いているのだ。

「物が売れない時代」というのは、当たり前だが「人が物を買おうとしない時代」である。もしくは「購買意欲を喚起するような魅力的な商品が乏しい時代」ともいえる。
そんな時代は寂しい。
映画でも音楽でもゲームでも洋服でも家電でも車でも、「どれも売れ行きパッとせず」「期待はずれ、大コケ」「消費者にそっぽ向かれる」・・・なんて見出しばかりの社会より、「ヒットしすぎて供給追いつかず」がたくさんある社会のほうが気持ちが明るくなる。
自分に関係ない商品や作品でも、<どこかで何かが盛り上がっている>と感じることで、自分までなんとなく高揚するものである。
そういう<小さなワクワク感>が社会全体に伝染して、ゆっくりと景気というのは回復してゆくんじゃないかと思う。

玄関の多肉の寄せ植え。


こちらは通路の多肉のリース。

けっこう外に多肉を植えたり挿したりしてるんだけど、霜に当たったらやっぱマズイよね?

この手前の赤い球根ベゴニアも初霜が降りる前に掘り上げて室内に持っていく予定。

こんなによく咲いてくれているのにみすみす枯らすのは勿体無いからね。

5月、マフラーやコートなど冬服をクリーニングに出そうとドラムバッグに入れて置いておいた。
夏が過ぎ、秋になり・・・
今日、チャックを開けてそれらを取り出した。(-_-;)イミネー
ただバッグに入れて保管してただけって感じ。。。

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産業廃棄物の許可 行政書士

2017.11.15 | | 未分類(日常、随筆)

紅の葉の間に

今日は電話のベルで目を覚ました。新規の仕事の依頼で、じゃあ伺いましょうということになったのだが、こっちは来週がダメで、向こうは今週が埋まってると。「今日の午後なら空いてるんですけどねー」とダメもとで言ったら相手もそれがいいというので午後から県北部のとある市へ。
ブログもろくに更新出来なくなるような大きい仕事をやり遂げても別に電話が鳴らなくなるわけでもなく、平日は淡々と仕事仕事。。(-_-;) ありがたいけどね。
こういう時は力士のように自分に言い聞かせるだけである。
「自分の相撲取るだけっす!」
力士といえば白馬富士が後輩の後頭部をビール瓶でぶん殴って大怪我をさせたらしいが、これはいわゆる「かわいがり」(兄弟子が弟弟子をいたぶって鍛錬する)とは違う。普通に暴行。不法行為。
ダメ、絶対。(>_<)
そういえばかつて暴れん坊の朝青龍が同じモンゴル出身の旭鷲山(きょくしゅうざん)の愛車(ベンツ)のサイドミラーをエルボーで「取り外した」ことがあり、そのドラゴンボールの1シーンのような破壊力に爆笑したのを思い出した。
もともと不仲だった二人だがその後も確執は続き、ある日風呂場でこの二人が鉢合わせ。この二人の向き合うところ地球上どこでも「土俵」となる。
一触即発、「ターミネーター2」みたいに背中で壁を崩しつつの取っ組み合いに発展するかと思ったそのとき、二人の間に割って入ったのが魁皇(かいおう)だった。魁皇は言った。
「やめとけ」
それで事なきを得た。
同じ相撲界、同じモンゴリアンでもこういうエピソードならまだ可愛げがある。
今回のビール瓶は(詳細は明らかではないが)、多分、そういうのとは違うだろう。

さて出かけようと外に出たら小雨である。
庭のもみじが赤く色づき、隣の萩も黄色くなってきた。

東京に「六義園」という庭園がある。自分が通っていた大学の近くだったこともあり個人的には思い出の場所である。ライトアップなどもする。
紅葉の季節になるとその六義園に行きたくなる。そろそろ見ごろだろう。

春の桜もいいが、紅葉には何かこう、胸をきゅんとさせる深さがある。
あえて安っぽい言葉を使えば「切ない」。
街の木々の葉の色が赤や黄色に変わるだけのことなのに、見ていると心の中の泉が静かに騒ぎ立つのを感じる。
その揺れ動く葉の隙間に景色ではないほかのものを見ているからである。
満開の桜には隙間がない。
だから「せつなさ」とは、隙間のことである。

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解体工事 登録 行政書士

2017.11.14 | | 園芸コラム

行きまーす。

最近は多忙によりなかなかブログも更新できず、世間で何が起きようと庭で何が咲こうと芽吹こうと写真を撮ることも出来なかったのだけど、ようやく大仕事をやっつけまして・・・肩の荷が下りたところ (^^)/
今日からはまたボチボチ更新できるようになる予定です。
ご心配おかけしましたm(__)m

そんな訳で今日は夕方、カメラを抱えて庭に出た。

淡く夕日に照らされたヒメツルソバが通路の片隅で伸び伸びと咲いていた。

心なしか、何もかもいつもより鮮やかに、美しく見える・・・。
こんな時間は本当に久しぶりである。
すっげえ荒れた庭なのに!

近所の人から庭木の剪定をしてほしいとやんわりクレームも来ちゃったりして、いかに手入れを怠っていたかという。。。(-_-;)
自分たちも「いい加減切らなあかんな」とは思っていたのだけど。。。時間もなく天気も悪くでなかなか。
とりあえず目下のところは庭木の剪定!これが一番しなければならないこと。
義務でもあるし、したいことでもある。
でももっとしたいのは園芸店のハシゴだけど。

大丈夫。
その二つくらい、軽く両立させてみせるから。 ( ̄ー☆キラリーン

明日もがんばろー。

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産業廃棄物の許可 行政書士

2017.11.13 | | ガーデニング

秋の庭時間。

もう11月。近所の公園の木々も色づいてきた。

どこか北国の峠にでも紅葉狩りに行きたいところだがまだちょっとそんな余裕はない。庭にすらろくに出られない。
それでも近所の公園をこうして歩いているだけでそれとなく満ち足りた気分になるのは陽気のせいか、季節のおかげか。

秋はやさしい季節である。
緩慢として急なところがなく、見え始めた年の終わりに焦るにはまだ早く、心地よい諦めのひなたに座ってものを思う季節。

二季咲きのバラが色づき始めた木々を背に咲いていた。

こんなに見事に咲くのなら我が家の通路にも木立性のバラを3、4株植えておけばよかった。

剪定が上手だからか大して大きな株ではないし、冬になったら植えてみようか。
トゲの弱いものがいいな。人が通るから。


公園から帰って、日和がいいので少しだけ庭作業。

台風で誘引が解けて暴れていたピエールの枝に、さらにヤブガラシが絡まって隣家の壁に当たっていた。
それを力ずくで引き寄せて、また誘引しなおしたのだが、ヤブガラシをぐいと引っ張ると一緒にピエールの「いばらのムチ」が顔面にバシバシ当たるわ指に刺さるわ・・・・プチ園芸のつもりが、軽いデスマッチになった。(>_<)

しかしそんな格闘があればこその庭時間。
終わったあとはやっぱり気持ちがいい。

庭に出ると元気になるのは、そこに「余地」があるからである。
まだこうなる、あそこももっと良くなる。
そう思わせる「余地」がある庭であればあるほど、こちらのモチベーションは上がり、自然と血が騒ぎ、血行が良くなり(?)活力が生まれるのだ。
「余地」を、「夢」「目標」「希望」と言い換えてもいい。
「不満」でもいい。
自分の作品(庭)が自分を叱咤し、激励し、否定し、褒めてくれるのである。
そしてその作品は永遠に未完成である。

だからやめられないのだ。

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産業廃棄物収集運搬業の許可が欲しい!

2017.11.04 | | 園芸コラム

若い子の服装

今日は横浜でお仕事。関内で降りるはずが降り損ねて隣の石川町まで行ってしまった。。。(-_-;) 他のことに気を取られていた・・・。
でも関内も石川町も同じようなもので、中華街を挟んだ向こう側とこっち側って感じ。

中華街のメーンストリートは石川町寄りにあるので、門をくぐって中華街をブラブラしながら関内に歩いて戻った。
当たり前というか意外というか、中華街には中国人観光客が少ない気がした。
御殿場のアウトレットモール、新宿のビックカメラとかユニクロと比べるとかなり少ないのは確か。
まあ、日本人だってLAに行ってわざわざ「リトル・トーキョー」なんて行かないもんね。(俺は行きたいけど)

関内にはハマスタがある。

日本シリーズの試合は明日だって。
横浜の人にきいたら、「日本シリーズ優勝は神奈川県民の悲願」だそうで、ソフトバンクなんかしょっちゅう優勝してるんだからいーじゃねえかと。
絶好調のカープを下してここまで来ただけでも凄いと思うけどね。
まあ、野球ファンじゃないんですけど。

街路の銀杏も少し色づいて来て、木枯らし1号の作るつむじ風に落ち葉がカサカサ踊っていた。

10月も明日で終わり。
仕事も忙しく、天気にも振られっ放しでろくに園芸できない秋だったなー。

どうでもいいけど街の若い女の子の髪型とファッションがみんな同じだ。
前髪くるんのセミロングに、テイラー・スウィフトよろしくの赤い口紅、アカ抜けないハイウェストのワイドパンツ・・・。
それ自体子供っぽいスタイルなのに、なぜか知らないが今の若い子は身長が縮んでいるのかやたらと小さい子が多く、全体としてもっさい。
と言ったら奥さんに
「そういえば私も若い頃自分の父親よくそう言われたな。『今のコはみんな一緒に見える』って」
要するに僕が年を取ったということである。オッサンになったのだ。
最近の若いコがみんな一緒に見えるということはつまりそういうことだ。
「かも知れないがひとつ言わせてくれ。俺があの子達と同じくらいだった頃は女子たちはもっと色んな格好してたぞ。ナチュラル系もいれば顔黒のギャルも一杯いたし、ゴスっぽいのからストリートっぽいのとか、アート系とか、サイケデリックなヒッピーっぽい子もいたし」
「今の子は個性とかキョーミないのよ」
「そうなのか。。それにしたって没個性すぎる。もう少し人と違ってもいいだろ」
「そういう考え方がすでに古いのよ」
「・・・・・・」
思えば僕が10代だった頃はオルタナティブの時代・・・つまり<流行>のベースとなる<統一的な価値基準>なるものが曖昧になり、<今>が見えにくく、だからこそ「なんでもあり」「なんでもいい」という時代だった。
音楽で言ったらパンクもヘビメタもヒップホップもビジュアル系もユーロビートもレゲエもごちゃ混ぜになっていた感じ。
だからこそあの頃(90年代末~00年代前半)は色んなファッションの若者がいたのかもしれない。
そう考えると、いまの若い子がみんな同じ服装をするというのは<今>がハッキリしているということである。
確たる<今>があるということである。
90年代以降、こんな時代は久しぶり、いや初めてではあるまいか。
そう考えたらそれはそれで健全だし、ちょっと貴重かも。。。

「つまり俺がオッサンになったんじゃなくて、時代が変わったのだ、時代が」
「同じことでしょ」
(>_<)


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産業廃棄物収集運搬業の許可が欲しい!

2017.10.30 | | 未分類(日常、随筆)

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プロフィール

yuhei

Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
「一般教養としてのロック史」管理人。興味のある方は覗いてみてください。ネットショップも地味に
コメ欄クローズ中ですので、現在お声はメールでお願いしております。
⇒ mail@brightside82.com

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