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Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
「一般教養としてのロック史」管理人。興味のある方は覗いてみてください。ネットショップも地味に
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こういう時代のレンタルDVD
映画をビデオ屋で借りなくなって久しい。『ビッグバン・セオリー』というアメドラ観たさにHULUに加入、その後奥さんが「楽天レンタル」というサービスを発見してからさらにビデオ店から足が遠くなった。
「楽天レンタル」は10泊11日で一本あたり50円(旧作)。送料がレンタル枚数1~2枚だと320円、3~5枚で520円かかるので、旧作を5枚借りた場合は総額770円くらいかかる。目玉が飛び出るほど安くはないし、タイトルも豊富とはいえないが、家に居ながら映画が借りられるのは正直楽だ。
ネットで申し込むと2日後くらいにポストにこういうのが届く。

最初見たときは「マジか」とドン引きしたが、慣れると「まあ、いいか・・・」みたいな。「TUTAYAディスカス」はもうちょっとマシな梱包だった気がする。返却ももちろんこの薄っぺらい袋に入れてポストに投函する。

映画を愛する人なら誰でもレンタルビデオ店の楽しさを知っている。本が好きな人は時間を忘れて図書館や古本屋に入り浸ることが出来るだろう。
ビデオも本も似たようなもので、背表紙を見ているだけで飽きない。僕と奥さんはレンタルビデオ店に行くと2時間は帰ってこない。何を借りるか吟味するのにかなりの時間を費やす。ストーリー、出演俳優、上映時間、監督、製作年、音楽家、原作の有無・・・裏ジャケに記載されたデータを頭の中で分析して「当たり」か「ハズレ」かを判断する。
その時間が楽しい。
僕が中学生くらいの頃はまだDVDがそれほど出回っておらず個人のビデオ店やローカルチェーンのビデオ屋が健在だった。放課後は毎日のように地元のビデオ店に入り浸ってはむさぼるように映画を借りた。同時に、その当時はまだ「金曜ロードショー」「ゴールデン洋画劇場」「日曜洋画劇場」「木曜洋画劇場」などテレビ映画も豊富だったから、気になる映画は片っ端から録画して溜め込んだ。
今思うと、あの状況で勉強するのは不可能だった。未来をフイにしてでも僕は映画が観たかった。「日曜洋画劇場」のナビゲーターだった映画解説者の故・淀川長治氏は「自分は映画からすべてを学んだ」と言った。「どんな映画にも必ずひとつは学ぶべき点がある」と。だから勉強なんかしなくたって映画を観ていれば大体のことは分かるようになると。なぜなら映画には森羅万象、この世のすべてが詰め込まれているからだと。
それを聞いてなおさら勉強しなくなった。
キー局への当てこすりとしてB級映画ばかり放送していたテレ東の「木曜洋画劇場」のナビゲーターは木村奈保子というオバサンだった。
ある夜「超能力学園 Z」という映画を放送した。80年代のSF学園コメディで、なぜか特殊効果をあのジョージ・ルーカスの「I・L・M」が担当しているという。ふたを開けたら念力で女子生徒のオッパイやパンティを拝むだけの映画だった。「I・L・M」の技術は何も宇宙船を飛ばすためだけにあるんじゃない、という例を示した最初の映画として僕の脳みそに刻まれた。
その数週間後、同局は「巨大イカの大逆襲」という映画を放送した。巨大イカが現れ、巨大イカが人間を襲い、巨大イカが暴れまくる、とにかく巨大なイカの映画だ。
本編終了後、ナビゲーター木村奈保子は毎週口にする決め台詞を吐いた。
「あなたの心には、何が残りましたか」
その晩だけは気のせいか、彼女の口元に嘲りの色が浮かんでいるように見えた。
映画だけ観てても賢くはなれないかもしれない―・・・。
僕は塾に通いだした。

それから3年もしないうちに地元のビデオ店はつぶれ、VHSは「過去の遺物」としてDVDにその地位を奪われた。万人受けするであろう最大公約数的なメジャータイトルが優先的にDVD化され、ビデオでしか残っていない大量の名作・秘蔵作品が廃棄された。個人店・ローカルチェーンは激減し、気付けばTSUTAYAとGEOが市場を独占していた。
ツヤタでもゲオでも、行けばそれなりに楽しい。
しかし所詮、チェーン店だ。うちの近所のツヤタは南米映画が豊富だけど、隣町のツタヤはポーランド映画がたくさんある、なんてことはありえない。大体同じタイトルが大体同じ数だけ並んでいる。
個人店が生きていた頃はそうじゃなかった。アッバス・キアロスタミならあそこ、小津のサイレント時代ならあの店にあった、大学の隣のあの店ならアメリカン・ニューシネマとヌーベルバーグが結構あるよ・・・。
そんな時代は終わった。
最初はネットで借りることに少しだけ抵抗があった。なんとなく怠惰な感じがしたし、即物的すぎて「ありがたみ」が感じられないからだ。お手軽に借りたものはその程度の気分でしか鑑賞しないと思っていた。しかしもう映画に関して言えば、実店舗ではかつてのような知的興奮は見込めない。ならば、ネットで借りようとどこで借りようと同じだ。
そのDVDの時代ももう終わろうとしている。ディスクも必要ない、HULUのような動画サイトで映画を観る時代になっている。
そんな時代に山田太一の「ふぞろいの林檎たち」を借りまくってマラソン上映するうちのお盆・・・。
時代に逆らわずに生きて行けたらどんなに楽だろう。

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映画の感想 | 22:46:34
さいたまの図書館と僕と小津と金日成
今日が仕事納めだった。仕事納めにふさわしい、慌ただしい一日だった。今年は春に事務所を開業したので、仕事をしながら事務所の内装や庭づくりに追われ、後半はネットショップを開業したり、夫婦双方の父親が入院してテンヤワンヤになったり、個人的には激動の一年だった。苦労もあったが、基本的には楽しい一年だったと思う。民主党も壊滅したし☆(*^_^*)
話は変わるが、昨夜、お客さんとのミーティングまでに時間があったので近くの図書館にぶらりと入って、映画を借りてきた。
さいたま市の図書館はどこも映像資料が充実している。「ゲオ」とかでいまだに準新作コーナーにある映画が図書館に普通に置いてあったりする。(まあ、下らない映画の場合が大半だが)
CDの蔵書もレンタルビデオ店並に豊富で、エルビス、ビートルズからピストルズ、ニルヴァーナ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンまで豊富な品ぞろえ。そんな図書館が市内にゴロゴロある。もちろん無料。しかも「一人5枚まで」とかケチくさいことも言わない。20枚くらいドサっとカウンターに置くと少し緊張感が漂うくらい。僕のロックの知識の半分はさいたま市内に点在する図書館によって培われたと言っても過言ではない。
といっても十年近く通い続けたので大方借り尽くしてしまった感があるのだが、それでも小津のまだ観ていない映画を発見。「淑女は何を忘れたか」である。

小津の映画を見るのは久しぶりである。思えば図書館で「生まれてはみたけれど」を借りたのがきっかけで小津のファンになったのだった。
他にはグレタ・ガルボの「スザン・レノックス」、「インタビュー・ウィズ・バンパイア」、「仮面の男」・・・以上が奥さんのチョイス。グレタ・ガルボは夫婦ともにファンである。
僕が選んだのは80年代末の北朝鮮のリアルな現実に迫ったドキュメンタリー、「金日成のパレード」。「延々とマスゲームを映しているだけのライブ映像だったらどうしよう。。。」と不安に思いつつも好奇心の方が先に立って借りてみた。
我ながらまったく統一感のないラインナップ。闇鍋的だ。でもこれが僕なのだ。いや、僕たちなのだ。。。
金日成のパレードを一緒に見てくれる奥さんなんてそういるもんじゃない。

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映画の感想 | 23:18:22
最近観た映画~サッチャー、大人のけんか~

マーガレット・サッチャー~鉄の女の涙~

「よく公開出来たな」と感心するほどの駄作。
冒頭、痴呆老人となったサッチャーが亡き夫の遺品を片付けながら過去に思いをはせる。その始まり方は別にいい。だがいつまでたっても過去に行かないのはどういうことか。10分経ってもヨタヨタと部屋をうろつき、クローゼットを漁ったり、独り事をぶつくさ言っている。だんだん不安になってくる。
僕は映画を観るとき、いつもプレイヤーのカウンター(再生分数)も注意している。それでテンポが計れるし、劇中の進行状況と分数を比べれば、まだ見るべきか、やめるべきか(観続ける価値があるかないか)大体分かるからだ。

「おいおい、ボケ老人のタワゴト聞きたくて借りたんじゃねえぞ!」とリモコンに手を伸ばしかけたとき、ようやく時間が過去に移り、初々しいサッチャーが登場。
さてと、じっくり波乱の人生を楽しむか。どうやって政治家になったんだろう?夫はどういう人だったんだろう?思想的には誰の影響を受けているんだろう?母親として妻としてどういう女性だったのだろう??
ダレた集中力を立て直し、ワクワクして待つ。するとなんと、また現在のボケ老人サッチャーに戻ってしまった。そしてまたヨタヨタと部屋をうろつき、亡き夫の幻影と寒い夫婦(めおと)漫才をダラダラと続けるではないか。アホかっ!

「タイタニック」以降多用されるようになったこのような<老婆の追想スタイル>だが、これだったら「タイタニック」とか「プライヴェートライアン」のほうが千倍マシだ。ここまで出しゃばってこなかった。いくらメリル・ストリープだからって許せるレベルと許せないレベルがある。
もちろん、上述した僕の「知りたかったこと」などほとんど描かれていない。子供が生まれました、育ちました。立候補しました、最初は落ちたけど二度目に当選しました。テロが起こりました、解決しました。フォークランド紛争が起こりました、軍隊を指揮して勝ちました。
すべてにおいてそんな感じである。
それ以外のシーンは痴呆老婆と死んだ夫による寒い夫婦漫才。「そのとき歴史が動いた」でももうちょっとマシな再現ドラマ作るぞと言いたくなる。
もったいないのが、これが作られたばっかりに、もう当分の間はサッチャーの映画を作ろう!と思う監督がいなくなることだ。せっかくの題材を台無しにしたゴミ映画。

大人のけんか

ヤスミナ・レザの戯曲「大人は、かく戦えり」をロマン・ポランスキーが映像化。ジョディ・フォスターとケイト・ウィンスレットが共演(いや競演)しているので借りた。(「リトル・チルドレン」以来、すっかりケイト・ウィンスレットのファンである。(タイタニックにも出てるけど))


子供同士がけんかし、ひとりの子供が相手の顔を棒で殴り、ケガを負わせた。その子の両親(ケイト・ウィンスレットとクリストフ・ヴァルツ)は、話合いによる解決のため被害少年宅を訪れ、少年の両親(ジョディ・フォスターとジョン・C・ライリー)と対面する。子供は出てこない。場も変わらない。ヒッチコックの「ロープ」と同じように四人が同じ場所でしゃべり続ける。

この映画のテーマは<偽善>である。

文化芸術を重んじるリベラル作家の母親ペネロピ(ジョディ・フォスター)、その夫で気のいい金物売りのマイケル(ジョン・C・ライリー)、投資ブローカーの仕事をするナンシー(ケイト・ウィンスレット)、やり手弁護士だが礼儀を知らず、食事中でも携帯電話が離せないその夫アラン(クリストフ・ヴァルツ)
「大人の態度」で子供のけんかの解決をするはずだったこれら4人の親が、相手が何気なく口にした皮肉や当てこすりによって少しずつ本性を表し、エゴむき出しの「生身の人間」に化けてゆく。その過程が非常にスリリングで、同時におかしくもある。最終的には子供のけんかなどそっちのけの、人格攻撃にまで発展する・・・。
久しぶりに面白い映画を観た。借りて損のない一作。

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映画の感想 | 21:57:37
映画・家族の庭(2011・英)
ガーデナーだから、という訳ではないのだが、映画のタイトルに「庭」とか「花」(の名前)とか「トスカーナ」とか付いてるとつい手に取ってしまう。もっとも、大概は園芸的興味をそそられないという以前に、映画としての質が低そうな場合が多いので、実際に借りることは滅多にない。
そういう意味で、この「家族の庭」は、園芸的興味以上の何かを僕に感じさせたわけである。(ビデオ屋で)
で、どんな話かというと、
カウンセラーをしている妻と、地質学者の夫がいる。二人とも60代後半くらい。非常に仲が良く、借りている市民農園へ二人で出掛け、二人で耕し、交代で料理を作り、日々の出来事を語り合う。妻はある日、同年輩なのにまだ独身でいる同僚のメアリー(画像中央)を食事に誘う。スモーカーでドリンカーで男運のないメアリーは酒に酔って己の自堕落な生活を愚痴りはじめ、その後も何度か夫婦に招かれるのだが、その度に己の不幸を嘆き続ける。

かいつまんで書くとこんな感じなのだが、結論から言って面白い映画ではない。自分の不幸を嘆いてばかりいる人をずーっと見せられるのも苦痛だし、特に気の効いたセリフもないし、何より「庭」とか言いながら園芸のシーンがほとんどない。原題は「another year」なので邦題がオカシイのだといえばそうなのだが、イギリス映画で「家族の庭」ってタイトルならボーダーガーデンのひとつくらい映るだろうとか思うじゃないか。でも、それもない。
市民農園のシーンだって、早朝だからか知らないがいつもなんかモヤモヤしてて、何植えてるのかも見えやしない。ベン・アフレック主演のアクション映画「ザ・タウン」とか「恋するベーカリー」とかのほうがずっと丁寧に家庭菜園を描いていた。

ガーデナーとして批評するならこれで終わりでいいのだが、映画ファンとして批評すると、非常に珍しいタイプの映画で、観て損はなかった。と言いたい。面白くはないが、観賞後、夫婦でこの映画の解釈を巡って小一時間議論出来たくらいである。
奥さんは、僕の意見は突飛で、そんな観方をしているのはあなただけだという。監督が聞いたら「あー、えー、うん、そ、そうね・・・はは」って言うと。
この映画の僕の解釈(?)はこうだ。

一見優しそうに見えるリベラリストが弱者(や自分より不幸な人)を前にして垣間見せる「ドヤ顔」と、家庭菜園などしていかにもエコぶってはいるが、そんな奴に限って一枚皮をはげば、自分の家族だけ幸せならそれでいいという個人主義者であり、偽善者であることを告発した類稀な作品であり、決してヒューマンドラマなどではないので、パッケージに書いてある
「ここに集まると喜びは倍に、悲しみは半分になる」
という文言は内容と著しく異なるため詐欺に当たるから削除しろ。
である。



というのも、 ストーリー上ほとんど意味を持たない市民農園をわざわざ借りさせているのだって、市民農園という空間が究極的には「個人主義」の世界だということを暗に示している訳だし、主人公の妻が不幸な同僚のメアリーに対して二度も「彼女には失望したわ」というのも、本当の部分では弱者の気持ちなど分からないリベラリストの「悪しきエリート主義」を表現していると思われるからである。本当に相手を思いやれる人間ならば、いくら相手が自堕落で愚かだろうと、「彼女には失望したわ」とは言わない。「失望」とは、上の者が下の者に対して使う言葉である。
それにこの妻は、メアリーの生活改善の手助けを一切しない。話を聞くだけで、男を紹介するとか、気分転換に買い物に誘うとか、具体的なことは何もしない。放置である。そのくせ、失望だけはするのだ。
ラストで、この夫婦はメアリーをあからさまに「厄介物」扱いをし、手のひらを返したように煙たがる。そして途方に暮れるメアリーの憔悴しきった顔のアップで劇は終わる。
要するに邦題の「家族の庭」とは、「家族以外は入れない庭」(入らせない庭)と解すべきなのである。

ヒューマニストに<見える>人間には気をつけろ。これがこの映画の趣旨だ。

ねじくれた映画レビューでした。m(__)m

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映画の感想 | 23:58:30
パリ、恋人たちの二日間

久しぶりに面白い映画を観た。「パリ、恋人たちの二日間」という映画である。「汚れた血」「トリコロール~白の愛~」の女優、ジュリー・デルピー初監督作品にして主演・脚本・編集・音楽も兼ねた意欲作。主演男優のアダム・ゴールドバーグは知名度は低いが、アメドラの「JOEY」に出ていたので顔は知っていた。(だから借りたのだが)。

【ストーリー】
マリオン(ジュリー・デルピー)はパリで育ち、今はアメリカで写真家として活動している。ファシズムと人種差別を呪うリベラリストだ。彼氏のジャック(アダム・ゴールドバーグ)はユダヤ系のインテリア・デザイナー。
二人はイタリア旅行の帰りに、マリオンの実家があるパリにやってくる。両親に預けていたネコを引き取りに来たのだ。初対面のマリオンの両親にぎこちないフランス語で挨拶をするジャック。通訳するマリオン。両親と食事を共にするのだが、フランス語なので何を言っているのかさっぱり分からない。突然義父が思いつくままアメリカの作家の名を挙げ始めたり、ジャックが「ジム・モリソンの墓に行きたい」と言うとなぜか場が凍りついたり・・・。言葉が通じないのをいいことにいじられまくるジャックの困惑げな表情がたまらない。
通りを歩けばマリオンの元恋人が現れてジャックの眼前で旧交を温め合ったりする。言葉も分からず、蚊帳の外状態のジャックはマリオンに対し軽い嫉妬と懐疑を抱きつつ、ジム・モリソンの墓へ。
マリオン「なぜそんなところへ行くの?ドアーズ好きじゃないでしょ?」
ジャック「ああ。でもヴァル・キルマーのファンだ


この映画は恋の素晴らしさを味わう映画ではない。ましてや「花の都」の風景や香りを味わう映画でもない。ウディ・アレンの映画と同じように、会話に盛り込まれたさりげなくも辛らつな政治・文学・サブカルネタを楽しむ映画である。だから純粋な意味での「恋愛映画」ではない。万人に薦められる映画でもない。ついていけない人もいるだろう。
でも全篇を通してそこにはしっかりと「愛」が描かれている。文化と言葉の壁に挟まれて苛立ちを隠さないジャックに辛抱強く付き添って通訳してやるマリオンの姿はかいがいしささえ感じる。口論をしていても、犬も食わない痴話喧嘩ではなく、お互いを認め合っていなければ出来ない<中身のある口論>になっていて、二人が愛し合っているのがよくわかる。また、娘にPCをプレゼントされたはいいものの、使い方が分からず娘が帰ってきたときだけ申し訳程度に使ってみる両親の描写など、リアルである。ジュリー・デルピーの実体験に基づくのかもしれない。こういうのって万国共通なんだなと変なところで感心してしまった。(僕の奥さんの両親もまさにそうなのだ)
「ダーマ&グレッグ」とか好きな人にはお薦めできる映画かな。



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映画の感想 | 10:53:35
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