庭木と庭とマイホーム

庭がボロボロである。2週間近く手入れをしていないから落ち葉やら雑草やらでかなり見苦しくなっている。オープンガーデンなんて夢のまた夢のまた夢のまた夢。

サルスベリの落ち葉だけが鮮やか。
それを見て「サルスベリって黄葉するんだ」と短期記憶しかない僕は今さらのように驚いたりするのだが、思えば僕はこの家に来て「庭木」を知った。木と一緒に生活するとはどういうことかを知った。
子供の頃住んでいた家には庭木などなかった。道路に面した側に目隠しのコニファーが数本並び、ほかにシンボルツリー的に細い、地味な木が1本植えられている、そんな簡素な庭だった。
園芸の楽しみを知った前の借家(庭付き平屋建て)では、大家から「背丈を越えるような木は植えるな」と固く念を押されていた。
「それでは」と、対抗心からつるバラ(ギスリーヌ・ドゥ・フェルゴンド)を植えたら、背丈を越えないどころかたった2年で塀を乗り越え通りにまではみ出す旺盛さで焦った。(何か言われたら「木じゃない」と言い張ろうと思っていた)
だから「庭木」というものと一緒に暮らすのはこの家が初めてである。
このあいだ奥さんが図鑑を片手に庭の木々を調べて回ったところ、この家には約30種もの庭木(果樹含む)が植わっていることが判った。ちょっとした数である。
庭木と生活したことのない僕がいきなりそれだけの木の面倒をみなければならなくなったのだから不思議な話だが、これはきっと貴重な体験だと僕は確信している。
というのも、この先どんどん、庭木に接する機会、庭木を所有する機会は失われていくだろうと思うからだ。
空き家の増加が社会問題化する一方で、あたかも住宅不足にあえいででもいるみたいに、庭のない3階建ての分譲住宅が3000万とか4000万でさらりと売れてしまうこの国の不動産事情を考えると、ある程度の都会で庭木に囲まれた暮らしを実現するのはなかなか難しそうである。(収入にもよるが)
誰もが家に「省スペース&ハイスペック(高性能・高収納)」を求める時代に「ウォークインクローゼットなんかイラねえ、花壇を造らせろ」なんて言うのは時代錯誤な「ワガママ」以外の何物でもなく、注文住宅など頼めない底辺の僕たちは「まだマシな」分譲住宅で手を打つほかなく、当然そんなワガママも通らないから、結局庭木もガーデニングもない「普通の暮らし」に甘んじることになる。
考えただけで憂鬱な気分になるが、そんな庭のない家が普通に売れるのは、そもそも今の子育て世代が庭に関心がないからである。
といって自分と同世代の人を責める資格は僕にはない。自分もたった5年前まで庭になんぞこれっぽっちも関心がなかったのだから。それに今30~40代の人の中にはきっと生まれたときから成人するまで「庭」というものに入ったことも触ったこともない人だっているハズだ。ネイティブに、庭を知らない。
庭の魅力を知らない人が結婚して家庭を持ち、「さてどんな家に住もっかなー」となったとき、「庭はマストだよな」とはならない。むしろ「なくてもいい」になる確率のほうが高い。
その無数の「なくてもいい」が、今のこの状況を作り上げたのである。
僕の親の世代(昭和20年代後半~30年代前半生まれ)は、まだ庭への憧れを持っていた。「和」や「日本らしさ」も否定した人たちだが、代わりに西洋風の芝生の庭と、バラや花壇でキラキラする「ガーデン」を日本中に広めた。90年代のガーデニングブームを支えたのは間違いなく彼女たちである。
話を庭木に戻そう。
僕でさえこの年になるまでマトモに庭木というものに触れてこなかったのだから、さらに下の世代になるともう「ニワキって何?」なレベルになるかもしれない。
そんな時代に、まだ自分を「若い」と思える年齢でこれだけの庭木に囲まれながら暮らせるのは貴重な経験である。
もっとも、これらの庭木を植えた張本人(大家さんのおじいちゃん)は既にこの世になく、大家さんもこの家の管理にはノータッチなので、「なぜこれがここに?」「これはなんていう品種?」といった謎は、自分たちで勝手に想像するか、解明するほかない。
言うなれば彼ら(庭木)の管理は僕と奥さんに託されているようなものである。

庭付きのマイホームには自分の好きな木を植える、という楽しみがある。
子供の成長とともに成長する記念樹を見守る楽しみ、シアワセがある。
レンガでレイズドベッドを作ったっていいし、全面芝生にしたっていい。誰の許可も要らない。自由だ。
うちは「庭は自由にしていい」と言われてはいるけれど、やがて出て行くことを考えると、記念樹も植える気にはならない。ラ・フランスを植えたが、自分たちが住んでいる間に実が付くのか!?などとちょっとハラハラするし、自分たちがいなくなった後、無常にも撤去されてしまうのだろうなんて思うと胸が熱くなる。(普段大事にしてないくせに)
日本人はマイホームへこだわりすぎる、ニューヨーカーなんてみんなアパート暮らし、引退したって郊外の貸家暮らしが普通だ、とよく言われる。
しかしそれはアメリカの貸家には自由に何でも出来る広い庭が付いていて、室内のリフォームも壁紙の交換も「自己責任でお好きにどうぞ」だからではなかろうか。
日本の賃貸事情(集合住宅でも借家でも)は、あれはダメ、これはダメ、が多すぎるから、みんなマイホームに目が向くのではないのか。
庭のない家が売れるのは、庭に関心がないからではなく、案外、妥協の産物かもしれない。出来れば庭も欲しい、でももう賃貸はイヤだから自由に暮らせるなら庭がなくてもいい、というような。。

サルスベリの落ち葉からえらい長い話になっちゃった。。。(>_<)
今日こそ「庭にいます」のタイトルに恥じない記事にしようと思っていたのに、これじゃ「庭にいるような、いないような」だ。

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2015.11.19 | | 園芸コラム

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yuhei

Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
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