庭の自由

相変わらず「降んのかい降らへんのかい!」な、どっちつかずの天気。ひたすら不愉快な天気。長所ゼロの天気。
本当なら秋冬の庭に向けて色々楽しい計画を立てたり買出しに行ったり、庭を手直ししたり・・・「やるべきこと」と「やりたいこと」が混ざり合う、忙しくも胸躍る季節だというのに。
ホームセンターの種コーナーにはとっくに秋が来ていて、パンジーの袋が2学期の教室みたいに宿命的に映る・・・。

ミックスとか言いながら紫しか咲かなかったあの冬の日。
忘れない。
もう二度とパンジー・ビオラは種で育てないと心に誓ったのに、見ると買いたくなる。今まけば12月には咲かせられるかしら。
新しい季節の入り口で種を眺めるのは、近い未来を夢見る行為である。
うちの奥さんなど、本屋で立ち読みするより長く種コーナーにいる。
単に欲を張ってあれもこれもと迷っているだけだが、それだけ種コーナーには人に「夢」を見せる魔力があるということだ。
色々買ってはまき、収拾がつかなくなって失敗する、が我が家の様式になりつつある。
去年はホウレンソウと春菊と小松菜を狭いスペースにびっしりまき、結局ホウレンソウなどただの1枚も食べずに終わった。春菊も収穫するタイミングを逸しては成長しすぎて筋だらけになり、結局年明けごろには放置組になっていた。小松菜は逆にモリモリ茂りすぎて食べきれず、収穫しないから葉が巨大化してケールみたいになって、結局虫のエサに。
作ってもうまく出来ない。食べきれない。
そのくせやりたい。
だからやる。自分のお金で自分の庭で何をどう失敗しようと僕の勝手である。

そもそも、「庭」というのは擬似自然の中で自分を創造主に見立てて楽しむものである。造園という行為自体が本質的に人間中心主義的なものであることは古今東西の庭を見れば明らかである。
人間がいなければ「庭」は成り立たない。「庭」とは、人間の観賞や利用が前提となっている構造物だからである。少なくとも僕はそう考えている。
しかしこのような考え方に「NO」を掲げるガーデンスタイルがある。
ナチュラル・ガーデンである。
「庭」なのに「自然」、「自然」なのに「庭」、という、いわば「第三の道」的な庭だ。
もっとも、日本で言うところの「ナチュラル・ガーデン」の話ではない。
よく園芸雑誌などで、これでもかとバラや宿根草で飾り立てた小綺麗なお宅の庭を写して「○○さんちのナチュラルガーデン」などと紹介されたりしているが、ああいうのは本来「ザマスガーデン」と呼ぶべきであって、「ナチュラル・ガーデン」とは呼ばない。
しかし我が国ではそういう「自然っぽい」スタイルの庭を「ナチュラルガーデン」と呼ぶようになってしまっているのでややこしい。というか、「イングリッシュガーデン」とごちゃ混ぜになっている感がある。
だから巷で耳にする「ナチュラルガーデン」は、「トイレ」(toilet)などと同じ、同じ発音でも日本と英米では意味するものが違う言葉、と思ってよい。
「natural garden」で画像検索すればよく分かるが、欧米人の思い描く「natural garden」は、日本で言うところの自然公園のような比較的大規模なものを指すようだ。森や草原や緑地の中に橋や小屋や噴水などの構造物を設け、自然と人工物が調和したような空間にしているものが目立つ。
まず自然があり、それらを借景して、ちっぽけな人間がせっせと花を咲かせてます、みたいなイメージなのかもしれない。
イギリス人園芸家のポール・スミザー氏も八ヶ岳のふもとの広大な敷地でそれを実践している。
つまりナチュラルガーデンは自然の懐に入り込み、同時に自然を利用することで、通り一遍の「庭=人間中心主義」に抵抗し、本当の豊かさ、人間らしさを探求するガーデンスタイルと言えそうだ。
人間が前提にあるのではなく、自然が先にある。(僕はそうは思わないが)
ちなみにこれと対極をなす庭を「ケバ庭」と呼びたい。
人工的で派手でちょっと品のない庭のことだ。
全然ナチュラルメイクじゃない、なにあんたホステス?みたいなケバイ庭のことである。
うちも若干ケバ庭入っている。

脱線に脱線を重ねて最初に戻るが、うちは「人間中心」のケバ庭だから人間の好きなように、好きなことをすればいいと思っている。
奥さんは性懲りもなくまた春菊をまこうとしている。多分ホウレンソウもやりたがるだろう。白菜、レタスもやりたそうだ。
止めはしない。失敗しても、もういいや。
人間が楽しめない庭なんか要らない。
人間が遠慮しなきゃならない庭なんかイヤだ。
もちろん、動植物への謙虚な気持ちは忘れてはいけない。
しかしそういうセンチメンタルな話ではなく、「自由」の話である。
ワガママに好き勝手やって失敗する自由。
反省しない自由。同じ過ちを繰り返しまくる自由。花を捨てる自由。枯らす自由。
「色どりミックス」とか言いながら紫しか咲かないと分かってても買ってしまう自由。
高い園芸雑貨を衝動買いする自由。手作りで作る自由。何もしない自由。雑草を放置する自由。
うちの庭はそういう愚かな「自由」と素晴らしい「自由」の結晶である。
ケバくてカオスで中途半端にカントリーでナチュラルっぽい部分もほんの少しだけある。
要するに楽しい庭にしたい。

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2015.09.01 | | 園芸コラム

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yuhei

Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
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