「ごっこ離婚」にゃ付き合えぬ

夫婦喧嘩は犬も食わぬというが、僕の母親は食う。
このあいだ奥さんと派手なケンカをしていたら、真っ最中に僕の携帯が鳴り、「あ!ゆーへー?いま大宮にいるんだけどー!」
タイミングがイイのか悪いのか。母の到来で嫌な空気を爆風でふっ飛ばせそうな気もするし余計に奥さんの怒りを買う気もする。
「迎えに行くから駅で待ってて」
賭けに出た。
母には最寄り駅の名を告げた。
しかし電車が去っても出てこない。15分待って電話したら「○○駅じゃないの?」
「そこ一駅前だから!駅名全然違うのになんで間違えるかな」
ハンドルを回してUターンし、一駅前まで車を飛ばした。
聞けば大宮に家を建てたトモダチに会いに行っていたのだという。
迷惑だった?と訊くから正直に言ったら
「へー、あんたたちでもケンカするんだ」と新しい味の飴でもなめたみたいに言った。
義母の前でまで眉を吊り上げるほど非常識ではない奥さんは僕に向けていた銃を床に置いて
「お母さん、私たちいまケンカしてるの」
「きいたきいた。祐平、謝んなよ!」
僕は母に自分が原因だとはヒトコトも言っていない。0.1秒で決め付けるその判断力はさすがである。
でもまあ、事実だから黙っている。
黙っていると女というものは調子に乗る。2人いると2倍調子に乗る。
なぜ祐平はここまで性格が悪くなったのか?について妻と実の母が分析しているのを聞く羽目になった。
「悪魔みたいなんですよ。ワガママで」
「子供の頃からそう。甘やかしすぎたのかな」
「自分が悪くても絶対謝らないの」
「親父と一緒!黙ってばっかで何考えてるか分かりゃしない。やだねー、そういうとこ似るんだ」
「どうやって修復したんですか?」
「もう無視。修復なんてしない。諦めて無視してた。いつか別れてやるって決めてたから」
そして事実別れた。
僕は高校生だった。オアシスのアルバム一枚聞き終わる間に「家」がぶっ壊れていた。親が修羅場を演じていたらしいことは記憶にある。だが僕はステレオのボリュームを上げて全てをかき消そうとしていた。親の罵り合いを一言一句聞きもらすまいと壁に耳を当てる少年がいるなら連れて来てもらいたい。
バイクで友人の家に行ってそのことを話したら
「うちもだよ。リコンするって」
「夏休みにはよく親が離婚しようとするのか」
「知らね」
「どっちにしろクソったれだな」
離婚するなら結婚しなきゃいーのにと思ったものだ。
それは今でもそう思っている。

ところで、世の中には「円満離婚」とかいうものもあるようで、別れたあとも元夫との関係は維持しつつ、今まで犠牲にしてきた(と本人は信じている)自分の時間や、趣味、夢に生きようとする熟年女性が増えてきているそうだ。
うちの両親の離婚劇はそんな「自分探し」めいた甘ったれたものではなかった。
画用紙を真っ二つにビリビリと裂くような「ものの見事な離婚」だった。
うるさかった。怖かった。痛かった。悲しかった。
それは両親とて同じだったろう。
母は家を出た。逃げるように。
町で「元夫」(父)に出くわすのを極度に恐れて、兄によく「あの家」に置いてきた物を取らせに行かせていた。
僕も家を出たので、その家には父と犬だけになった。
父は深夜もアルバイトをしなければならない身となっていたので、誰も犬の面倒を見なかった。母も兄も父と顔を合わせるのを怖がって「あの家」に近付こうとしなかった。数ヵ月後に僕が実家を訪れたら、犬小屋の周りはフンだらけだった。家族が家族だった頃にはそんなことは絶対にありえなかった。父によると犬は自分で縄を絶って逃走し、人を咬んで保健所に入れられたそうだ。連絡を受けて父が引き取りに行ったらしい。それを聞いて僕は父に「俺が飼う」と嘘を言った。そしてこっそり母の家に連れて行った。犬はそれから母と兄に大事に育てられ7年くらい生きた。

「熟年離婚」では、妻の方から離婚を切り出すケースが圧倒的に多いという。
相手が酒乱だったり、浮気癖が凄かったり、王様のように振舞ったりするヤツだったら分かるが、そうでもないのに60代まで共にすごしてきた夫に離婚届を突きつけるというのは理解に苦しむ。ましてや離婚後、元夫と「トモダチ」として会ったりするのはもっとよく分からない。
ハイカラなつもりなんだろうが、それは離婚とは言わない。
「離婚ごっこ」と呼ぶ。
離婚は女性にとってトラウマにもなるが、見方を変えれば成長のきっかけにもなる。離婚を経てタフになるとも聞く。
それは経済的にも精神的にも男から自立するからだ。
しかしファッションとしての「ごっこ離婚」から得るものは、虚栄心が満たされる以外、何もない。自立できていないからである。というかハナから自立する気もない。依然として自分の行動を、男(元夫)に依拠している。本当に自立した「一人のオンナ」なら、元夫など何万光年も彼方へ消え去ってしかるべきである。
こんな風潮が蔓延したら、ただでさえ遅れている日本のフェミニズムはさらに後退する。

僕は自分の母を強いと思う。多分、彼女はあの父親からは一銭も受け取っていない。生傷は負ったかも知れないがそれを癒す物は何一つ受け取っていないだろう。
慰謝料だ財産分割だ、そんな単語が出てくる離婚は「幸福な離婚」である。
そして僕の母のような女性は全国に数え切れないほどいる。
僕のような経験をした息子たちも数え切れないほどいる。
それでもなお僕は我を張ってしまう。

「あんたたちは仲良くしなさいよ、お母さんとお父さんみたいになるよ」
と母は言ってテーブルの上のサブレを手に取り、ぴりっと破いた。

奥さんと仲直りしたのはそれから10時間後くらいである。

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2015.08.10 | | 未分類(日常、随筆)

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