狂った「自由」より選べる「真実」

「言論弾圧」とか「メディア規制」とか、最近よく耳にする。政府が公正な報道を求める要望書をテレビ局各局に送りつけたり、テレ朝やNHKの幹部を官邸に呼びつけたりしたことが一部の人々に不評らしく、ちょっとした議論を呼んでいるせいだ。
政府のやり方に反対する人の意見で多いのが「政府の介入はメディアを萎縮させ、自由な報道が出来なくなる」といったものだ。
一見するともっともらしく聞こえるが、これは違う。少なくとも日本の場合は違う。
まず、日本の報道メディアは警察や官公庁から「記者クラブ」に卸されてくるニュースを各誌が右へ倣えで報じる「全体主義的報道システム」だから、そもそも自由な報道など目指していない。朝日新聞は韓国や中国共産党の都合の悪い記事は小さな見出しで紹介するそうだが、このように、彼らはむしろ「報道しない自由」を重視する。NHKもしかり。
僕は読んだことはないが、海外の有名新聞にはその記事を誰が執筆したか分かるように記者の名前が載っているそうだ。きっと、誰もがピューリッツァー賞を狙っているからだろう。
針の先くらいの小さな手がかりから誰も知らない大事件、大ニュースを探し出し、誰よりも早く、誰よりもセンセーショナルに世界に発信する。それがジャーナリストたるものの本分であり、夢である。「ニューヨークタイムズ」など、チャイナマネーにジャーナリズム精神を売っぱらった恥知らずな新聞社もあるが、基本的には欧米の記者は自分の名に恥じないようプライドをもって記事を書いている気がする。
名前の出ない記者の書いた記事で成り立っている日本の新聞はだから、背番号も名前もないユニフォームを着てサッカーをするようなもので、平等かもしれないが、ニュースの質が均一になり、取材対象との馴れ合い体質を生み、結果、真実から遠ざかる。構造的にこれは避けられない。
真実。
そういえば、日本の新聞はあまり「真実」という言葉を使いたがらない。
朝日でも毎日でもやれ「報道の自由」だ、やれ「取材する自由」だと馬鹿みたいに「自由」を連発しても、「真実を国民に」とは言わない。
ジャーナリズムとは国民と歩む「真実を探す旅」だと個人的に思っているが、「顔」と「名前」を隠して報道する日本の新聞は、嘘、捏造、偏向、印象操作で国民をある特定の思想(反日、反原発、反自民)へ導くことが「ジャーナリズム」「自由な報道」と思っているから、「国民に本当のことを知らせる」なんて思想から最も遠い場所にいる。
慰安婦のでっち上げ記事を書いて日韓両国の間に動かしようのない「壁」を築いて極東アジアの安定と平和への道を台無しにした朝日新聞しかり、この場ではとても紹介できないような変態趣味丸出しの「日本人の習慣」を日本人にバレないように英語版だけで世界に配信し続けた毎日新聞しかり。( 『毎日デイリーニューズwaiwai問題』)
東京裁判史観そのまんまで戦前の日本を「悪」としか捉えられないくせに、天安門事件で中共による虐殺はなかったと報じるNHKしかり・・・。
これらが僕たちが頼らざるを得ないこの国の報道機関の姿である。
こんな連中に「公正さ」を求めるのはほとんどナンセンスだ。
求めたところで「弾圧だ」「圧力だ」と議論をすりかえ世人の同情を引こうとするだけだ。
彼らの機嫌も損なわず、かつ国民が何が真実で何が嘘かを見極められるようにする方法が一つだけある。
地上波テレビの多チャンネル化だ。
放送事業加入の条件をぐーんと下げて、ある程度資力を有した企業なら気軽に放送局を持てるようにするのだ。そして各々が偏りまくった報道番組を放送する。
「鳩山由紀夫&山本太郎のアイ・ラブ・IS」、「すぎやまこういちの素晴らしい日本」「がんばれ自衛隊」「今日の韓国」などなど。スポンサーなどつかなくても低予算で放送できるようにする。
右に左に暴れまくった報道番組を乱立させればいいのだ。
その中で、国民は自分に合った番組を選べばいい。
地上波に局が少ない上に、さらに選択肢の乏しい報道番組をイヤイヤ見せさせられるから余計に不満が増幅するのである。もっと枠を広げて、古舘一郎や太田光が小さく見えるようにすればいいのだ。
実際、共産党が制作しているネット番組はなにげに面白い。

すでにネットやスマホの普及で新聞・テレビのニーズは右肩下がりである。
しかしそれはより手軽に情報を集められるものが身近に現れたから、ではなく、単にテレビ・新聞がクソつまらないコンテンツだからであり、信用できない記事ばかり書いているからである。技術進化やライフスタイルの変化のせいばかりではない。ネットで見れない、読めないものはたくさんある。
今放送中の大河ドラマは恐ろしく退屈で視聴率も1ケタ台にまで落ち込んだそうだ。フジテレビの「グッディ」とかいう昼間の情報番組は新番組にもかかわらず視聴率1ケタどころではなく1%台だそうだ。そんなテレビの状況を受けて、ネットではこんな声が飛んでいた。
「だったら昔の大河ドラマ再放送してくれ!」
「昔はその時間帯、フジはアニメやドラマの再放送していたよね。また戻せば?」
自分もそう思う。
下手な新しいものより、よく出来た古いもののほうが喜ばれる時代なのである。
ネットでは削除されがちな昔のアニメやドラマを望む視聴者は多い。
ただ、報道だけは「今」を追わなければならないが、その「今」の捉え方も非常に多様化している。たった数局のテレビ局が数時間で(それも同じようなニュースばかりで)大衆の「知りたい!」をまかなえる時代ではないのである。

朝日や毎日がどんなに被害者の仮面を被って騒ごうと、安倍首相を暴君に仕立て上げようと、同情する国民は少ない。20年前なら解散に追い込まれていただろうが、そんな古い手はもう通用しない。いまだに新聞・テレビを妄信している層といえばシニア世代くらいだろう。
誰が嘘をついているか、誰が正しいか、50年以上ヤツラのジャーナリズム「ごっこ」につき合わされてきた日本人でも、さすがに気付き始めている。

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2015.04.28 | | TV・メディア考

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