子供と園芸

園芸をやっていなければ絶対に分からない「感動」というものがいくつかある。
一番最初に胸を打たれたのが種の発芽だ。「種をまいたら芽が出る」なんて当たり前のことなのに、種まきポットの片隅で、半分土を被りながら頭をもたげている姿は園芸ビギナーだった自分に新鮮な喜びと興奮を与えてくれた。
こんなことは小学校でアサガオやヒマワリの種をまいた時に経験済みのはずだが、ある意味子供より無邪気に喜べたのはやっぱり自分が大人だからだろう。
子供は感受性が豊かというが、山登りに連れて行っても透き通る海を見せてもLINEやニンテンドー3DSから目を離さないガキなんて大勢いる。
自分がそうだった。
小学校時代、心の底から感動したものなんてひとつもない。ゴクウがスーパーサイヤ人になった瞬間とかスーパーファミコンを買ってもらえた日のこととか、そんなどーでもいいこともカウントすれば別だが、自然や植物、風景、芸術、文学、人とのふれあいといった面ではほとんど不感症といってよかった。あっても一週間で忘れた。
「感動」というものを、客観的に捉え、自分の心の金庫にネームプレートつきでしまっておけるようになるのは、ミドルティーン~ハイティーンからだと個人的には思っている。文学作品、映画、絵画、レコード、恋愛、出会い、アルバイト・・・その時期に知り、経験した「最高なものたち」は、一生の宝物になる。
だから大人になってから園芸をやって本当に良かったと思っている。
賭けてもいい。
花や庭の魅力はガキにはまず分からない。感受性がどうの以前に、馬鹿だからだ。
子供は馬鹿である。
家のことなんか庭のことなんか何一つ考えない。考える必要もない。
僕が子供の頃住んでいた家にも庭があった。親が気合を入れて庭に芝生を敷き、花壇を作って花を植え、植木を植え、10株ほどのコニファーで目隠し用の生垣も張った。それほど大々的にやっていたわけではないが、母にしてみればお金と時間をかけて作った「私の空間」であったはずだ。
その「私の空間」を兄と僕は芝生の上でPKごっこやワン・オン・ワンをしてクソミソに痛めつけた。スライディング、シュート、オーバーヘッドキック、タックル・・・。目隠しのコリウスをゴールポストに見立てていたから、むしろぶつけて当然くらいに思っていた。植えたばかりの花苗も平気で踏んづけていた可能性がある。(特に兄が)
こうして自分を振り返ってみると「子供は感受性が豊か」などというのは真っ赤な嘘のような気がしてくる。ただ馬鹿なだけだ。
その兄に子供が生まれたそうだ。おめでとう。
女の子だそうだからそれほどでもないだろうが、子供という生物がいかに馬鹿か、そして自分がいかに馬鹿だったか、兄も思い知ることになる。
おととい、千葉に出張だった。
土砂降りの雨と風で、仕方なく駅から続く屋内通路(中にショップがたくさん入っている)を歩いた。
傘を片手に持った小学校1年くらいの男の子と女の子がじゃれながら僕を追い越した。そのとき「ドカン」と音がして女の子のランドセルが僕の右手に当たり、「あ、ずいばぜん!(笑)」と鼻声で言いつつ体の向きを変え、その拍子に今度は僕の足首に少女のかかとが当たり、それが地味にイタイのなんの。
次の瞬間少女は男の子に悪態をついて、背中を向けて走り出した。
「危ねえガキだな」
と思った瞬間、
キュッと音がしてまず両膝、そして片手に傘を持っていたから上手く受身が取れなかったんだろう、派手に顔面からいった。
偉かったのは、泣かずに、すっくと立ち上がってまた走り出したことだ。びっこを引きながら。。。
僕はスカッとした気持ちで少女の背中を見送った。

大人には大人の「感受性」があって、園芸は、間違いなく大人にしか分からないアダルティな世界だ。
このリーガーベゴニアの一体何が感動的か。子供には分かるまい。説明しても絶対に理解はしない。

10月か11月、半月型のハンギングバスケットに、3株のリーガーベゴニアを植えて飾っていた。最初は花もポンポン咲き、見事だったのだが、やはり寒さに押されて少しずつ小さくなっていった。それでも青々と葉が茂り、「こりゃ今年は冬越しするかも!」と期待に胸を膨らませていた。
で、3月に入って大分暖かくなってきたからと、それまで置いてあった玄関の軒下から柿の木の下辺りに移動したら、真冬並みの寒さに逆戻りして霜に当たり、一晩でシオシオに。。。
一株を残して地上部は消え去り、後悔だけが残った。
それを、いい加減未練がましく飾っているのも切ないだけだからと先日掘り返してみたら、芽が出てたわけよ!

死んだと思ってたけど生きてたんだね。

こういう感動は、大人になってから園芸を始めなければ味わえなかっただろう。
安っぽい言葉で言えば、やっぱり園芸は「癒し」なのだろう。アートも、旅行も、温泉も、山登りも、家庭菜園も、レジャーであると同時に「癒し」なのだ。
子供に「癒し」は必要ない。
だからそんなものに興味はない。「癒されたい」なんて言う子供が増えたらそれこそ世も末だ。
だからやっぱり子供は園芸なんか分からないでいい。その方が子供らしい。
子供なんか調子乗って走って転んでケガして後ろを歩いている大人に「ざまあ」と思われてりゃいいのだ。

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2015.04.17 | | 園芸コラム

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yuhei

Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
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