帰路の風景

金曜日は盛岡に出張だった。
さすがに雪は降らなかったが、学校の校庭や旅館の駐車場などに雪が残っていて、街から臨む山々にもまだ雪がかかっていた。

帰りは一般道で帰ってきた。
盛岡市内の目ぼしい園芸店を検察して訊ねてみたが、とても記事に出来るお店ではなかった。1分で店を出た。
雪国でしかもシーズンオフだから品揃えが少ないのは仕方がないし、そんなことは初めから百も承知である。でも枯れ果てた苗をそのまま棚に置きっぱなしにしていたり(半分は枯れた苗だった)、朽ち果てたハンギングをそのまま飾っていたり、ほとんどの商品に名前も値札もなかったり、ましてやどこを見回しても店員がいないなんてのはもう店とは呼べない。
ホームページは凄くきちんとしていて、ネットで苗の販売もしているとか書いてあっただけに残念だった。
雪国だから誰もこんな季節に苗なんか買わない、と投げているのか。
雪国の冬でもアイビーや多肉や観葉植物、パンジー、ゼラニウムなどは屋内や軒先で育つと思うけど、それ以前に客が店に来れないのか??雪で。
他のお店も探したが、どうやら盛岡に園芸店自体が少ないらしく、園芸店めぐりは諦めた。
帰りは一般道で帰った。
国道45号で海沿いをひたすら南下。被災地の陸前高田や気仙沼を通って宮城、福島へ至るコースだ。このコースは震災以降毎年必ず1度は走っている。
ところで、被災地の国道を走ると、何度となくこういう標識を目にする。↓

「ここから過去の津波浸水区間」。

こちらは「ここまで」。

要するに東日本大震災のとき、どこからどこまでが津波の被害に遭ったかを示して、災害時の避難に役立てようということだ。
この標識は震災後わりとすぐに設置されていたが、今回走ってみて気付いたのだが、この2の標識の間の区域では、必ずといってよいほど「かさあげ工事」が行われている、もしくは行われようとしているのだ。
 
台形に土を盛ってある現場は、まず間違いなく「かさあげ工事」だと思われる。そこに家を建てるのか道を走らせるのかは知らないが、とにかくダンプや重機が多くて、復興の躍動みたいなものを感じた。去年はこんなにダンプを見なかった。

瓦礫の山だった南三陸もここまで整地された。

全体的に土を盛ってかさあげし、ゼロから街を作るのだろう。日本の土木技術の腕の見せ所。
避難されている被災者の方たちのためにも一日でも早く再建して欲しい。

福島からは国道6号で。
6号線は福島から茨城へ南下するのに便利な道だったのだが、福島第一原発のすぐ近くを通るため、事故後、浪江町南部から富岡町北部にわたる14キロの区間を封鎖、通行証を持っていない人は迂回を余儀なくされていた。
それが先月末に解除され、通行証の提示をしなくても通れるようになったのだ。(ただし自動二輪はダメ)

市の文化施設や道の駅の看板がそのまま残っていたりするのを見ると胸が痛む。
すべてが閉鎖され、すべてが止まっている。左右に行く道も、道路沿いの民家もすべて、バリケードで封鎖されている。
こんな場所があるということ、その事実が悲しい。
再び人々の笑い声、子供の走る音、信号の点滅、自転車のブレーキ音、老人のくしゃみ、草刈機、バスのアイドリング、コンビニの自動ドア、踏み切りのカンカン音、稲穂のざわめき、ボールを蹴る音、愛し合う声、罵る声、常連客へのお愛想・・・色んな音が交差する町に戻って欲しい。

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2015.03.22 | | 時事問題

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Author:yuhei
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