なんでいきなり「7」なわけ??

福島第一原発事故の評価がチェルノブイリと同じ「レベル7」に引き上げられた。夕方から夜にかけてのニュースはそれで持ちきりとなり、お茶の間に「チェルノブイリと同じ」「チェルノブイリ級」「最悪の評価」といった終末的なアナウンスが響き渡った。もちろん、「チェルノブイリに比べて放射線放出量は少ないし、死者も出ていない」と但し書きはつけている。しかし、それで「なあんだ、そうなんだ、よかった」と安堵する国民が一体どれだけいるだろうか。

そもそも、なんで「6」でなく、「7」なのか。当初、日本政府はINESレベルを「5」としていたが、これに対し内外の研究者や専門機関から「6が相当だ」との声が噴出、政府の認識の甘さが批判されていた。そこでより詳しい計測を行ったところ、放射性物質の放出量が原子力安全・保安院の試算で37京ベクレル、原子力安全委員会の試算で63京ベクレルということになった。(京(ケイ)は1兆の1万倍。といっても想像がつかないが)
放射性物質の放出量が数万京ベクレル以上が「レベル7」の定義なので、37京ベクレル、63京ベクレルであるならば「6」ではなく「7」にせざるを得ないということらしい。

 

そもそも、専門家の意見は「スリーマイル以上チェルノブイリ以下」だったはずだ。誰も「チェルノブイリ並にしろ」とまでは言っていない。実際、チェルノブイリとは比較にならないほど軽微な量の放射線しか出ていないし、原子炉も健在だ。それをいくら既定値を上回ったからといって自分から「チェルノブイリ級です」と白状するのはどうなのか。確かに一部週刊誌では1号機では海水を投入したことで塩素が壊れた核燃料と反応し「止まった」とされている核分裂が実は止まっていない可能性が指摘されている。そういう記事を読むと「レベル7」にした政府の判断は、さらなる事態の悪化を見越した上でのものかとも思われるが、それにしたっていきなり「チェルノブイリ級」はないだろう。寝耳に水もいいところだ。

池田信夫氏は放射性物質の放出量を考えれば「7」にしなければならないとしつつも、「福島では原子炉そのものは停止しており、作業員以外は被曝限度を超える放射線を浴びていない。チェルノブイリに次いで悪いことは間違いないが、人的被害を基準にするとはるかに軽微である。これを政府が十分説明しないで「レベル7」と発表すると、「チェルノブイリと同じだ」というデマが一人歩きするおそれが強い。」(同氏ブログより)

と言っている。この人は原子力の専門家ではないが、デマが一人歩きするという警鐘を鳴らしている点で、テレビに出ているコメンテーターより幾分か信用できる。

 

かつてブルーハーツは「チェルノブイリには行きたくねえ」と歌った。事故の様子は社会の教科書にも載っていた。そいうものを聴いて、見て、僕たちはあの事故が人類史上稀に見る大災害であることをインプットし、「ソビエト(現ロシア)という国はそういう怖い事故を起した危なっかしい国なんだ」ということも同時にインプットしてしまった。それと同じように外国の人たちも「福島には行きたくねえ」と思うだろう。いや、福島どころか「日本には行きたくねえ」と思うだろう。そしてそういう「刷り込み」「風評」は、恐らく僕が生きている間には消えることはないだろう。それが分かってさえいれば、いくら数値上は「7」にしなくてはならないとしても、また、一部週刊誌が煽り立てるようにさらなる「悲劇」が待ち受けているとしても、「チェルノブイリにはしない!」とどうにかして自国の名誉と尊厳とを守ろうとするのが政治家ではないのか。
民主党に期待するだけ無駄かも知れないが、何が何でも人類史上最悪の惨事として歴史に刻み込まれるようなことになってはいけないという気概を感じさせる「粘り強さ」を見せて欲しかった。


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2011.04.13 | | 時事問題

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