神棚

事務所として使っている8畳間の和室に、神棚がある。家主がこの家を建てたときに設置したものだ。入居前に下見に来たとき、「リフォーム時に撤去も可能ですが、どうしますか」と訊かれたのだが、頭上の神殿を見上げながら「ああ、邪魔だから取っ払ってくれ」とは流石に言えず、結局残った。
こうして僕と神様との生活が始まった。

完全に浮いている。事務所はもっとモダンに、もっとポップにするはずだったのに、こんなものが文字通り宙に「浮いている」と、床や机との調和が取れず、和風なのか洋風なのか分からない、ヘンテコな空間になってしまう。「和洋折衷」と強がりを言うのもイヤである。
だから出来ることなら撤去して欲しかった。僕はあまり信心深いほうではない。
しかし引越し後、荷解きが終わると年の瀬になっていた。
たまたま別の用事でホームセンターに行ったら、正月の飾りつけコーナーにバケツに入った榊(さかき)が置いてあり、豪華に飾り付けされた神棚もそこにあった。一緒にいた奥さんは購入すべき事務用品に意識が飛んでいて気づかないようだったが、なぜか僕の注意を引いた。。
さりげなく一束98円の榊を手に取った。
榊を買うということはあの邪魔くさい神棚を容認したことを意味する。そして神棚を容認するということは自分がどうしようもなく信心臭い人間だと認めることでもある。少なくともA4コピー用紙やフラットファイルや角2封筒に頭の中を支配されている奥さんに比べたら何倍も。
僕は榊を買い物カゴに入れ、『正月という宗教的な年中行事が醸し出す情緒に呑まれたのだ』と、1分後に必ず訊かれる質問への答えを用意した。
しかし奥さんは少し意外そうに「ふう~ん」と言っただけで何も言わなかった。
家の神棚にはちゃんと榊を飾る容器(榊立てというらしい)が二つ備わっていた。
僕は容器に水を入れ、買ってきた榊を挿し、椅子に乗って榊を神棚に飾った。
よく見ると、天井に付けられた飾り板といい、ミニチュアの御簾といい、なかなか凝った作りをしている。
久方振りに左右に榊を立てられた神棚は永い眠りから覚めた生き物のように見えた。椅子から着地した僕は手をはたいて部屋を出た。悪くない気分だった。
それ以降、我が家には榊を替える習慣が出来た。(主に僕が替えているのだが)
榊を替えると、一応柏手をたたく。事務所なだけに商売繁盛を願わずにはいられない。お陰で仕事はまあまあ順調である。
理想の事務所にはまだ遠いが、神棚を消したらそれはそれで寂しいと思うようになった。
今日も僕の頭上で神棚は浮いている。明日も、あさっても。

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2014.03.06 | | 園芸コラム

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