少し甘いオリンピック愛国話

2020年のオリンピックの開催地を決める招致レースで、当初不利と思われていた日本が踏ん張っている。
先月、ボストンで起きた爆弾テロを受けて日本の治安の良さが再評価されたのに加えて、猪瀬知事やフェンシングの太田雄貴選手をはじめとする日本側の委員の頑張りもある。
昨日行われたサンクトペテルブルグでのプレゼンで猪瀬知事は「日本では財布を無くしても帰ってくる。しかもお金が入ったままで」などとユーモアを交えながら日本の治安と安全性をアピールし、場内を湧かせたという。

しかし日本国民にとっては複雑な心境である。僕も含めて大半の国民はオリンピックなんかどーだっていいと思っていたからだ。
もともと若者の間ではスポーツ離れが加速しつつある上に、前回の北京大会で露見した数々の不祥事が、そのような嫌オリンピック、厭オリンピックムードを助長させた。IOC上層部の汚職しかり、審判への賄賂しかり、競技の場で政治的活動を行った選手への生ぬるい処罰しかり。。
時代時代によって政治の道具として利用されてきながらも、神聖な肉体の祭典と信じるに足る魅力を備えていたオリンピックが、ここにきて自らその純粋性を踏みにじる行為をして平然としている。平然としているどころかふんぞり返っているようにさえ見える。

そんな夢を裏切るようなろくでもない大会をどうして莫大な税金を使い、頭を下げてまで招致しなきゃならんのだと。
僕もそう思っていた。
しかし「もしかしたらもしかする?」と思うと、なんだかワクワクしてくる自分がいるのも確かだ。現金な奴だと思われるだろうが、厚い雲の隙間から薄日が差してくるような、そんな印象を抱く。
数年前の招致の際、石原慎太郎は「もう一度夢を見よう」と言ったが、その時は痛々しささえ感じたそのフレーズが、いまはすっと受け容れられる。前までは駅やスポーツ施設などで、「この感動を、次は日本で!」という五輪招致のポスターを見るたびにどこか空々しさを感じていたのだが、今は違う。

日本を諦めない、という気になる。
それには猪瀬知事が奮闘しているという以外に、政治的な状況の変化も影響している。
時代は変わった。米国一極支配の終焉は静かに始まっており、これからの日本は否応なく、アメリカ追従・アメリカ依存路線からの脱却を余儀なくされると思う。自国の力だけで世界と渡り合っていく方法を見出す必要がある。オリンピック招致はそんな岐路に立つ日本の腕試しのように思えてきたのである。

幸い今の日本の首相はそのような認識のもとで動いている。うなだれていても、未来は日本の走り易いようにコースを変えてくれはしない。生き残りたいなら、顔を上げて走るしかない。自分の国を愛せなくとも、自分の国が走っているという実感くらいは持ちたいし、応援くらいはするべきだ。

安倍政権下でオリンピック招致が決まると面白くないメディアは相変わらず冷めた目でこの招致レースを眺めているようだが、いかな売国左翼コメンテーターであろうと、「東京に決定」と聴いたその瞬間、ほんのわずかでも胸が躍るはずだ。少なくとも椅子を蹴っ飛ばして「チクショー!」とはならないはずである。
オリンピックそのものは汚濁しきっていても、その小さな驚きと喜びは純粋である。

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2013.06.01 | | 未分類(日常、随筆)

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