「コップの中の争い」ではない

内閣不信任案が提出されようとしている。
どうなるかは、今夜にも明らかになるだろう。
マスゴミ各紙・各局はこぞって「コップの中の争いをしているときではない」と、いかにも正論めいたキレイゴトを並べ立てているが、どうしてこれを「コップの中の争い」などと形容できるのか僕にはサッパリ理解できない。
これはそんな小さな話ではない。大勢の人の生活と生命がかかっているのである。管直人が総理の座に居座り続けるかぎり、復興は遅れ、被災者は家に戻れぬまま初雪を見ることになるだろう。子供たちの健康は(肉体的にも精神的にも)脅かされ、直接震災の被害を受けていない関西や九州の人さえ増税と浜岡停止によるエネルギー不足によって不自由を被る。
これらはすべて、管直人という一人の白痴政治家によってもたらされる人災である。このような害悪を除去しようと努める政治家に対し「コップの中の争い」と揶揄するのは、すなわち「国民のことなんか放っとけ」と言うのと同じである。

そもそも、自民党政権時代にはやれ「水道水を払っていない」だの、やれ「漢字が読めない」だの、やれ「年金未納」だの、「大臣が首相より先に着席する」だのと囃し立て、「コップの中の争い」を作り出していたのはどこの誰だ?そのような揚げ足取りばかりをして国民の関心を「政策」からそらさせ、一方で公共の電波を使って民主党を美化し世論を「政権交代」へと向かわせたのはどこの誰だ?

 

先日、僕はこういう光景を目の当たりにしてきた。

 

一体どうするんだ?と思った。「管も、ここに来たんだろ?」思わずそう口走らずにはいられなかった。そう、管直人もここに来た。にもかかわらず、まだ己の保身と延命、そして責任転嫁にうつつを抜かすその想像力のなさ、正義感の欠如、現状認識の甘さ。政治家としてというより、一人の人間としてどうかしていると思わない方がおかしいだろう。そのくせ、浜岡停止や自然エネルギー20%といったセンセーショナルな公約をぶち上げるのだけは早い。要するに、自己愛の塊なのだ。恐らくこの男は、国民はおろか民主党のことさえ考えてはいまい。頭にあるのは支持率、支持率、支持率・・・・。病気である。

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2011.06.01 | | TV・メディア考

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