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Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
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AKBのキモチ悪さ

事務所用のOA機器を探しに、最近よく秋葉原に行く。秋葉原は好きな街なので苦ではない。同じ人混みでも、新宿や渋谷より秋葉原の方がずっと落ち着く。気楽に歩ける。多分、他の街に比べてチャラチャラした人間が少ないからだろう。
ところで、秋葉原を歩いていると当然のように目に入ってくるものがある。「AKB48」という文字である。ポスター、看板、PV、POP、いたるところにAKBもしくはその姉妹グループの姿が踊り、歌声が飛んでくる。

それなのに、たった一人のメンバーの名前も言えない。前田某というのが卒業したとかしないとか、その程度のことしか知らない。そもそも関心がないからだが、どんなに関心がなくても覚えてしまう名前というのはある。たとえば「ぱみゅぱみゅ」とか、「デラックス」とか、「DeNA」とかである。
発音や字面の面白さに加えて、それから想起される「イメージ」と実態が合致するため、頭に残りやすいのだろう。こういった「引っかかり」のいい言葉は必要のあるなしにかかわらず、頭に残る。
しかしAKB48は僕にはかすりもしない。メンバーの名前はおろか、顔や、立ち振る舞い、若さ、笑顔、ミニスカート、声、何度見ても何も残らない。残るのは、何とも言いようのない「キモチ悪さ」だけである。
AKBの「キモチ悪さ」とは何か。
それはおそらく、このアイドルグループの持つ時代錯誤な「男性依存体質」である。この男女平等の世にありながら、いまだに男性優位、男性ありきの商法で儲けようというその芸のなさ。進歩のなさ。あさましさ。「選抜総選挙」と言われる人気投票がその最たるものである。古代の奴隷オークションよろしく、男たちが自分の「馬」がどこまで走れるか高みの見物をする、非常に男尊女卑色の濃い行事である。男の僕でさえ不愉快なのに、なぜ世の女性たちが声を上げないのか理解に苦しむ。
もっとも、AKBのメンバーに罪はない。メンバーは調教された通りの「キャラクター」を演じているだけであり、本当は「やってらんねえ」と思っているかもしれない。むしろ憐れである。だから「キモチ悪い」のは、メンバーでもファンでもなく、AKBを飼育している側(プロデューサーや制作サイド)の男たち、彼らの「思惑」が透けて見えるところである。

さらにAKBの欠点を挙げるとすれば、それは、何も発信しない。ということである。

AKBは何も発信しない。売るだけである。
売ることと発信することは全然違う。「発信」とは、よく「文化を発信」などというように、目に見えない価値観や生き方、流行、スタイルを広めることである。古くはツイギーのミニスカート、キャンディーズの「普通の女の子に戻りたい」宣言、安室奈美恵の「アムラー」、最近ではレディー・ガガのチャリティー運動、奇抜なファッション等がそれである。
発信者は常にフォロワーを生み、「現象」を起こす。フォロワーとは言い換えれば「模倣する人(もしくは集団)」である。(ツイッターの中の話ではない)
AKBには「追っかけ」はいても、「フォロワー」はいない。だから「現象」も起こらない。人気ナンバーワンだった前田敦子が卒業を発表して真っ先に取り沙汰されたのが、彼女のこれからの進路ではなく、「前田票がどこに流れるか?」であったことは象徴的である。
と、いうわけで僕から言わせれば、AKBはアイドルですらない。アイドルは愛されるが、彼女たちは<使われる>だけだからだ。



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