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Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
「一般教養としてのロック史」管理人。興味のある方は覗いてみてください。ネットショップも地味に
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8年
東日本大震災から8年経った。
ということはこのブログも書き始めてそろそろ8年経つということだ。

ブログを始めたきっかけは震災である。
震災というより民主党政権および民主党を擁護し続ける既存メディアへの怒りであった。
今となっては笑い話にも出来ようがあのときは本当にこのままでは日本が死んでしまうと思った。
震災当日、菅直人首相(当時)は政治家として「ジ・エンド」の土俵際まで追い詰められていた。マスコミは一切報じなかったが、菅直人が「市民の党」なる極左政治団体(代表をヨド号ハイジャック犯を両親にもつ人物が務める)に数千万円の政治献金をしていた事実を自民党の西田昌司議員が突き止め、国会でまさにトドメをさすところでグラグラッときた。
当然、その献金問題は霧と消えた。
菅は首の皮一枚で首相の座にとどまった。
それが福島の不幸につながった。
震災後にまでその件を追い続けたのは産経とニュースアンカー(関西テレビ)とニコニコ動画だけだった。
無能の偽善者は青い作業服を着て東電に乗り込み東電役員らを罵倒して原発を爆発させた。

ニュースを見ていると被災地の現状や鎮魂、傷跡、被災者の心の傷、別離、手紙など上っ面で感傷的なものばかりが目に付く。
鎮魂も大事だが、東日本大震災は単なる「天災」「自然災害」ではない。
あれは「日本の危機」だった。
余震、原発事故、放射線、デマ、風評被害、電力不足と計画停電、無能な民主党政権、大本営発表を垂れ流し続ける既存メディア、日本あやうしと見るや戦闘機を飛ばしてきたロシアなどなど、無数の困難と内外の「敵」に日本国民は脅かされた数ヶ月間だった。
僕はあれは戦争体験に近いものだったと思っている。
数ヶ月間、日本は日本という国と「戦争」をしていたのだと。
地震をきっかけに、それまでフタをしてきたり意に介さずにきた色んな矛盾や問題が爆発し、日本は数十年かけて自分が張り巡らした糸(法律や慣習・ルール)にじがんじがらめになって窒息しそうになった。
だから311は防災や救済の観点だけではなく、政治や行政、マスコミの報道のあり方までも含めて振り返り、語り合うべき日だと思っている。

福島第一原発で最後まで官邸と闘いながら指揮をとり続けた吉田昌郎所長や、ツイッター情報で火の海になった気仙沼の公民館にヘリを飛ばし446人の命を救った猪瀬直樹、無数の自衛官、消防隊員、警察官、自治体職員、避難誘導した施設やお店の店員さんたち、ネットやSNSで情報を拡散し続けた名もない人々。。。
311はただの地震ではないからこそ、そこには無数のドラマがあり教訓があり愚かさがある。

「東北頑張れ、被災地かわいそう」だけでは何も伝わらないし何も語り継がれない。

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