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Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
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思い出の味
出張で長野へ行った。
長野中心部から少し足を伸ばすと蕎麦で有名な戸隠がある。
10年ほど前にも一度ここで蕎麦を食べた。
そのときは、たまたま入った長野市内のヘアサロンで仲良くなった店員さんに、「戸隠へ行こうと思うがどこの蕎麦が美味いか?」と訊いたらあるお店を教えてくれた。
地元民しか知らない通な店かと思ったら観光雑誌に載るようなドッシリした老舗だった。
しかし戸隠蕎麦がなんたるかということはよく分かった。
まだ20代前半の若造だったが、その時初めて、食べ物には「違い」があるのだということを知った。
違うものは違うのだと。

10年振りに食べたがあの頃感じた衝撃は気のせいでもなんでもなかったと再確認した。
味は繊細で透明感があり、しかし同時に自分のような鈍感な味覚の持ち主にもしっかり「これが蕎麦の味です」と分からせる強さがある。
とにもかくにも奥深い味だ。

戸隠をあとにして新潟へ向かった。
木々は赤や黄に染まり、山間の道を美しく彩っていた。

期待していた通り、長野の山は紅葉が見ごろだった。

戸隠の蕎麦で味の「違い」を識ったのとほぼ同じ頃、自分は新潟に一時住んでいたことがある。
住んでいた、というより幽閉されていたのである。
合宿免許というやつで。
自動車免許くらいさっさと取っておけばよかったものを金もない上に必要性も感じなかった自分は25まで無免許でいた。
仕事もせず家で主夫なんぞをしていたから奥さんに尻を叩かれて単身新潟に旅立った。
なぜ新潟を選んだのかよく覚えていないが恐らくスケジュール的な理由からだったろう。
合宿だから見ず知らずの、それも二十歳前後の若者たちと寝食を共にする。
ホテル風の宿舎には食堂があって地元のおばちゃんが三食出してくれた。
そこで自分は戸隠で感じたのと同じ衝撃をそこでも味わった。
米が美味い。
ただの白米を「うまい」と感じたことはそれまでなかった。
大体ごはんというのはおかずと一緒に食べるから米本来の味なんていちいち気にしない。
「まずい米」なら分かる。小学生の時に米不足で食わされたタイ米とか51時間くらい炊飯器で保温されていた米は不味い。ニオイもある。
それ以外の米は基本的に「普通にうまい」ものだと思っていた。
しかし合宿免許の宿舎で無造作に出されたその米は今まで食べた全ての米を凌駕するうまさだった。
その後、年下の同志たちとも仲良くなって、一緒に酒など飲むようになった。
あるとき寮の食事の話になって、自分が何気なく「米がうまい」と言ったら、全員が堰を切ったように激しく同意し始めた。
ある者は「おかず要らないっす」といい、ある者は「白米にカレーのルーを掛けるの惜しいと思ったの初めてっす」といった。
厚木とか相模原とか小田原とか(なぜか自分以外全員神奈川出身だった)その辺からやってきた20歳そこそこの日頃ジャンクフードしか食ってないような奴らにすら「新潟の米は違う」と思わせた合宿免許の食堂の米。
新潟に来るたびにそれを思い出す。
違うものは違う。
美味いものは美味い。

食欲の秋、行楽の秋。
たくさん出かけて、たくさん食べて、こういう経験をもっとしたいもんだ。

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