笑ってはいけなくない

連休中もちまちま働いていたけど、今日から本格的に仕事始め。
朝から電話はリンリン、街に出れば車はビュンビュン、自転車シャアシャア、正月の名残なんて微塵もない。コンビニに入れば「今年の恵方は南南東」なんて言っている。切り餅も食べきらぬうちに豆まき気分である。

大晦日の笑ってはいけないバラエティ番組にも思わぬクレームがついたのも、なんとなく正月気分に冷や水・・・の感があった。
知らない人のために書いておくと、大晦日の番組で、ダウンタウンの浜ちゃんが顔面を黒塗りにして『ビバリーヒルズコップ』のエディ・マーフィーのコスプレをしたのが「人種差別的だ」と、一部の海外メディアが報じ、それが日本国内で反発を招いている。
顔を黒く塗ったのが気に入らなかったらしい。
エディ・マーフィーといえばかつて「サタデー・ナイト・フィーバー」で「1日白人になってみる」というのがあった。
顔を白く塗り、いかにもホワイトカラーの白人ビジネスマン風のスーツとカバンを持って街を歩くのだ。「白人らしい歩き方」「白人らしい喋り方」をぎこちなく試みるエディの挙動不審さに抱腹絶倒間違いなしの映像である。
黒人一人と白人数人がバスに乗っている。黒人青年がバスから降りると、待ち構えていたように白人たちが立ち上がって踊りだし、ワインをあけ、黒人のいなくなった車内はパーティーバスに変わる。白人としてその場に紛れ込んでいるエディはそれを目の当たりにして「自分たちの知らないところでは白人たちはこのように振舞っていたのだ!」と大真面目に報告する。
他にも「白人の罪悪感を利用したテーマパーク」とかいって、かつて黒人奴隷がされたように、白人を綿畑で働かせ、ムチ打つのである。僕の記憶が確かなら白人にムチを打っていたのはスティーヴィー・ワンダーであった。
なかなかどぎついブラックジョークだが、これが許されたのはコケにする対象が白人(社会)だったからで、白人が黒人のフリをして・・・なんて企画だったらどうなったか分からない。

僕は浜ちゃんのエディ・マーフィーが人種差別的だなどとは微塵も思わないが、日本語も日本の笑いも知らない外国人から見たら、黒人に扮することを笑いの対象にしているように見えたかもしれないとは思う。
ただ、極東の島国の大晦日にしかやらない番組の1コーナーになぜニューヨークタイムズはじめ外国メディアがそこまで反応するのかは謎だが。おおよそ、日本国内の人権団体か何かが働きかけて、日本人の弱い<外圧戦法>を仕掛けた、といったところだろう。
今回、何か教訓めいた要素があるとすれば、それは、「ガキ使」スタッフは、やるなら「サタデー・ナイト・ライブ」のエディ・マーフィーのようにやれ。
ということか。
人種や政治信条、宗教、身体的特徴・・・人は自分と他者との差異を笑う生き物である。それをネタにしておおっぴらに笑いものにすれば、誰かは必ず不快に思い、傷つきもする。
しかし優れたコメディアンは人を傷ける前に笑わせることが出来る。呆れさせながらも感心させ、不快なのに共感を覚えさせることができる。
それをするには相当程度の知性と教養とユーモアとバランス感覚が必要で、そういうレベルの「笑い」は万国共通で受け入れられ得る。
「笑ってはいけない」は年々マンネリ化も進み、昔のようなひねりの効いた、思わず感心してしまうようなシチュエーションや「持って行き方」は少なくなっているように感じる。
これを機に初心に戻って、もう少し「頭で笑わせる」「ユーモアで笑わせる」方向にシフトしたらどうだろう。
ひとりよがりの偽善者たちの見当はずれなクレームなんかで打ち切る必要なんてまったくない。
てか、ジミーちゃんの出番を増やしてくれ。


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2018.01.09 | | 時事問題

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