被災地としての益子

益子に行った。かなり前にお茶碗を欠けさせてしまい、いい加減新しいのを買おうと思っていたのである。だからってなにも益子まで行かなくても・・と思われるかもしれないが、数年前に訪れた時、意外に安価でカッコイイ焼き物がたくさんあるのを知り、それ以来ショッピングセンターなどで買う気がなくなってしまったのだ。「焼き物」=「高級」という先入観を取り払ってくれたのが益子だった。

とりあえず益子観光の拠点、「共販センター」に車を停め、店内をぶらつく。このローカルな雰囲気が何とも言えない。あ~落ち着く。


ぬお!こ、これは・・・!!!キターーーーッ。
ちなみに500円。・・・安いのか高いのか・・・。しかし確かなのは、こんなお茶碗じゃ指がぶるぶる震えてメシどころじゃなくなるってことだ。こんな珍品がさりげなく置かれているところもまた益子の魅力の一つである。
奥さんに見せたら、「そんな変な茶碗手に取るのあなただけね」と言われてしまった。これを手に取らずにいられるかってんだ。

「共販センター」で目ぼしい茶碗をチェックして、他のお店も回ることにした。ここは「植木鉢の大塚」というお店。共販センター前の道路を挟んだすぐそこにある。

「植木鉢の」というだけあって、軒先にはたくさんの植木鉢が。

ホームセンターなどで売られている鉢とは明らかに違うデザインや色使いで、うならされる。しかも安い。「どうせ1000円くらいするんだろーな」とか思って見るとそれより2~3割ほど安かったりする。植木鉢だけでなく、店内には小皿や壺など、普通の陶器もたくさん置いてある。見ていたらお店の女性が「どうぞ~」とお茶を出してくれた。あったまる~。
陶器なのにメタリックな光沢を放つ面白い鉢があったので購入。600円だった。
いったん店を出て駅の方に向かったのだが、休業している店が多く、Uターン。平日だからだろうか、どことなく閑散としている。「共販センター」には観光バスが来ていたのに。
奥さんが「タレ皿に使える小さな器が欲しい」と言うのでまた「植木鉢の大塚」に戻った。すぐに奥さんの希望通りの可愛い小皿が見つかったので喜んでいたら、さっきお茶を出してくれた女性の方が「こちらにも同じものがあるので比べてみては?」と提案してくれた。確かに同じデザインの小皿でも微妙に釉薬のにじみ方とか、色の濃さとかが違う。たかが一枚250円のタレ皿を買うのに悩むのもあまりみっともいいものではないかもしれないが、本当に違うんだからしょうがない。機械で作っていない証拠だ。
そのとき、前の通りをダンプが走り抜け、床がブルブル震えた。
「震災の時は、どうだったんですか?」思い出したように、奥さんが訊いた。店員さんの顔がぱっと明るくなって、よくぞ聞いてくれたとばかりに床を指さし、
「これ、震災の時に出来たんですよ!」

床がヒビ割れている。こんなヒビが入るくらい揺れて、品物は大丈夫だったのだろうか・・・?
「もうメッチャクチャですよー!!」店員さんが明るく言い、「写真あるんですけど、見ます?」と、近くに置いてあった分厚いアルバムに手を伸ばした。そして商品棚の上にアルバムを置いて、開いて見せてくれた。


ページがめくられるたびに絶句してしまう。
店の中はもちろん、商品を焼いている窯も被害を受け、完成品、未完成品含めて割れた陶器は2tトラック15台分にものぼったという。気が遠くなるような損害である。
「(処分場と店を)15往復しましたー」と店員さんはケロリと言ってのけるが、見せられたこっちは笑えない。しかもこれだけの損害を受けながら、保険が下りない、そもそも保険に入れないというのだから厳しい世界である。
「落ちたら割れるって分かり切ってるから、そういうものって駄目みたいなんですよー」泣き寝入るしかないのが現実のようだ。それでも愚痴一つこぼさない。批判がましいことも言わない。
「いや、もう笑うしかないじゃないですか」
それにしても、益子がこんな被害に遭っていたなんて全然知らなかった。
「NHKがちょっと取材に来ただけでしたね。でも福島とか、東北のほうがもっとひどいんで・・・」
確かに死者も出なかったようだし、放射能に汚染されたわけでもない。しかしここまでの被害を受けながらまったくと言っていいほど報道されないというのはどうかしている。このような「不当な扱い」を受けながらも被災三県と自分たちを比べて我慢している自治体は他にもたくさんあるに違いないのに、こうして実際に足を運び、話を聴かなければ僕たちはあの地震の全容を知ることが出来ないのだ。そのくせ知りたくもない「清武」だの「コーチ人事」がどうのといった下劣な情報だけはほとんど強制的にインプットされる。
話をもとに戻すと、大半の国民には「被災地」として認知されなかった益子にも、手を差し伸べる人たちはいたそうだ。同じ「焼き物の街」である岐阜県・多治見の同業者たちだ。益子では震災により陶器を置く棚の段を作る「あし」(足?)と呼ばれるもの(その上に板を載せて段を作り、それを積み重ねて背の高い棚にするらしい)が不足している、と知った多治見の同業者たちは、その部品を益子に無償で援助したのだという。同業者だからこそ分かる「痛み」だろう。

何気なく立ち寄った店で、こんな話が聴けるとは思っていなかった。店員さんは僕たちが選んだ小皿を新聞紙に包みながら、「これ、私が塗ったんですよー」と言ってほほ笑んだ。

震災から九ヶ月。関東では大きな余震も減り、一見すると傷が癒えつつあるように見える。しかし癒えたのではない、見えないだけなんだ、と僕は思った。


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2011.12.08 | | 行ってみた

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Author:yuhei
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