いきかた。

人生勇気が必要だ。
くじけりゃ誰かが先に行く。
あとから来たのに追い越され
泣くのがいやならさあ歩け。

「水戸黄門」の2番だそうだ。
僕は知らない。「水戸黄門」は1度もマジメに観たことがない。
でも「あとから来たのに追い越され」はなかなかいい。
人生の悲哀である。摂理である。
スポーツや将棋・囲碁など勝負の世界はもとより、仕事や学校生活、私生活でも僕らは常に追いつき、追い越されを繰り返している。
どこかでぴたりと足を止め、深く息を吸い、自分を追い抜いてゆく「あとからきたもの」の背中が小さくなってゆくのを穏やかな気持ちで眺める強さが欲しいと思うこともある。

穏やかになるためには、「悟り」が必要だ。
執着心を捨て、嫉妬を殺し、雑念を追い払い、比較せず、すべての不平不満をケツの下に押さえつけておく強さが必要だ。
無理である。
大体、そんな生き方は人間的でない。
「あとから来たのに追い越され」たら、地団駄踏んでそいつの背中にタマゴを投げつけたくなるのが人情というものである。
沸き立つ怒りや不満を無理して抑え込んでも不健康なだけだ。胃に悪い。
結局のところ僕ら凡人に与えられている選択肢は3つだ。
①闘わない(そもそも競争に参加しない)
②諦める
③勝ち続ける

この3つの方法を時と場合に応じて使い分け、僕らは自分を守っている。保っている。
①が一番ラクな生き方で、しかも最強の生き方である。
闘わないのだから負けることもない。
追い抜くこともないが、その代わり追い抜かれることもない。
賭けないのだから外れることも損をすることもない。
男としてはこういう生き方はしたくない。

仕事でもプライベートでも、僕は常に競っている。そういう性質の人間なのだ。
楽がしたいし、空席があれば割り込んででも座りたい。儲けたいし、愛されたい。負けたくないし、追い越されたくもない。
では、僕はいったい誰と競っているのか。
儲けたいと思っている僕を邪魔するヤツは誰なのか?
そんな者はない。
「~したい」と思う自分との相撲なのだ。
愛されたいなら愛されるような人間になれ。
儲けたいならデカイ仕事を取って来い。
追い越されたくなければ歩くしかない。
人生とは、自分との相撲。
上手投げで勝つ。

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2016.11.17 | | 未分類(日常、随筆)

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