「フジロックに政治を持ち込むな」について

時代は変わっていた、ということだろう。
今年のフジロックに評論家の津田大介とサヨク学生団体SEALDsの中心メンバー奥田愛基が出演することに「フジロックに政治を持ち込むな」「音楽の政治利用だ」などと、ロックファンの間で反発の声が高まっている。
要するに「音楽を楽しみに行っているのに政治的主張なんか聞きたくない」と思う人がたくさんいる、ということだ。
この反発に対しアジアン・カンフー・ジェネレーションのボーカル・後藤正文は「フジロックを知らない人が言っているよね」「これまでいくつものNGOやアーティストがさまざまな主張を繰り返してきた訳だし」と反論したが、ずいぶんな言い草である。
フジロックは確かに「昔から」そういうフェスだった。ウッドストックをお手本にしているだけあって、反体制・反戦平和的な臭いが漂うフェスで、主催者も、協力者も、出演するアーティストも、リベラル系/アバンギャルド系が多かった(今でもそれは変わっていない)だからどんなに人気があろうとガイコツや死神を標榜するヴィジュアル系やハードロックバンドなどは一切呼ばれない。フェスの趣旨にそぐわないからだ。
それに加えて、フジロックと密接な関係にあるロッキング・オン社(音楽雑誌「ロックキング・オン」などを出版)の社長・渋谷陽一は大の反安倍、反原発人間だから、SEALDsが来たって何も不思議ではない。
しかし「不思議じゃないから」、「今までもそうだったから」、「もともとそういうフェスだから」といって反発の声に耳を傾けようとしないのは、少々傲慢ではなかろうか。
アジカンのボーカリストは「フジロックを知らない人の意見だよね」と言ったが、僕からしたら「なにその選民思想?」って感じだ。
知らないから何なのだ??
フジロックに一度も行ったことがない人、行く気がない人、もしくは最近参加するようになった「新参者」の参加者たちは声を上げちゃいけないのか?反発する資格がないとでも言うのだろうか?
普通のロックファンならフジロックがどんなフェスかくらい知っている。
その場所に<親から特定の偏った思想を注入された学生グループ>(の中心メンバー)が乗り込んできてマイクを握り何かを発信することに危機感や嫌悪感を抱く人々がいたって、いいじゃないか。むしろ当然の反応だろう。
僕は彼らの反発は、新しい時代の「声」だと思うし、新しい音を醸成する重要なエレメントになりえると思う。
ロックは既存の価値観をひっくり返して進化してきた。昨日までNOだったものをYESに変え、YESだったものをNOに変え・・・それを繰り返しながら若者とともに今日まで来た。
アジカンのボーカリストのようにこういうときだけ「慣例」だの「序列」だの「資格」だのを持ち出し、「知らない人が言ってるよね」などと訳知り顔で鼻で笑い、軽くいなそうとする態度は、もっともクリエイティブとはかけ離れた態度と言える。
彼には見えていないし聞こえていないのだ。
新しい時代の波が、足音が。

僕は昔からフジロックが嫌いだった。
表面的には「音楽の可能性」だの「皆で協力」だのを掲げておきながら、その実、趣旨に反するバンドは近づけようともしないところに胡散臭さを感じていた。「分かる人だけで楽しめればいいよね」的な閉鎖的で差別的な「空気」を嫌悪していた。
今でもその排他主義は変わっていないらしい。
そんなのはロックでもなんでもない。
アジカンのボーカリストのようなヤツが、ロックをどんどんつまらなくするのだ。

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2016.06.20 | | 音楽

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