贅沢をする。

今日は奥さんと池袋で待ち合わせして、そのまま某ホテルのレストランでディナー。たまにはこういう日があってもいい。

おいしいゴハンとおいしい夜景を同時に味わえるレストランを探していて、ここを見つけた。数日前に予約して、一番いい席を確保。

☆が何個もついているホテルの高層レストランだから当然、高い。椅子からズッコケる値段である。
その代わり不快なことが起こらない。不快な客がいない。

僕は静かに、まろやかに、楽しく食事がしたいのである。
仕事中、出先の町で一人で食べるなら何でもいいが、夫婦のたまの外食は、子供の泣き声やオバサンのドリフ笑いやオッサンが楊枝でシーシーやる音などが絶対に聞こえない場所で食事をしたいのである。料理の皿を空にした瞬間、「空いたお皿、お下げしてもよろしかったですか」と店員が訊いて来るような店でなく、座席と座席の間の通路を子供が走り回るような店でなく。(そしてそれを誰も注意しないような店でなく)

この国から「境界線」というものがなくなって久しい。
随分前から「一億総中流社会」などと言われてきたが、そう叫ばれた頃にはまだまだ「上流の人々」が確かにいて、それなりの「たしなみ」を身に着けた人しか来れないような場所があった。庶民とアッパークラスの「住み分け」がまだあった。
それが今では金持ちが高級車で390円のラーメン食べたさに「幸楽苑」に入り、「ヒートテック」を買い漁る。

バブルがはじけ、その反省から誰もが戦時中のように贅沢を「罪」と認識するようになった。
大衆が金を使わないから企業は極力品質をそのままに価格だけを下げる努力を強いられ、損失を補填するためリストラをし、賃金を下げ、ますます誰も物を買わなくなり、その結果日本経済はデフレの底なし沼に足をとられ、抜け出せなくなった。誰もがブランド品を否定し、いつの間にかお金を使うことに疚しさを感じるようになっていた。
その疚しさに付け入るように、無印良品やユニクロ、HM等のファストファッションや、吉野家のような「コスパのいい店」が台頭した。「必要最低限の背伸びしない生活」こそ美徳と誰もが思い込んでいた。
いや、今もそう思い込んでいる。
賢く、安い値段でやりくりすることも、等身大の身の丈に合ったファッションで生きるのもいい。僕だって100円ショップには世話になっているし、同じ花苗ならたとえ遠くても安い店まで行く。
しかし程度というものがある。
何でもかんでも「一円でも安く」「お金をかけずに・・・」という生き方に、なんだか最近疲れてきた。
いままでは何を買うにでも「価格コム」で最安値をチェックしていた。これからもするんだろうけど、最安値でなくても別の面で魅力を感じられればそれでいいと思い始めている。
レストランも同じことである。
デフレ以降、大衆の価値判断の基準はもっぱら「コスパ」となり、<ステータス>や<格好良さ>は二の次、三の次になってしまった。だから高級外車に乗りながら「幸楽苑」にも行けてしまうのである。
「腹が減った」→「安くてうまくて満腹になれりゃいい」と、人間がどんどん即物的になっている。その行為を恥と思わない。
こちとら金もないし、「くら寿司」や「かつや」でもまあまあ美味しかったりするものだからなんとなく入っていたが、やっぱりそういう店ではとてもじゃないが「デート気分」や「非日常感」は味わえないのである。ただの消化試合というか、「おつとめ外食」なのである。
だったらいつもの何倍もの値段を払ってもいいから、月に1・2度、静かなテーブル席で上質な時間を過ごしたいと思うのだ。

人生は楽しむ為にあると僕は思っている。そして金は貯めるものではなく使うものである。
僕の父は59歳で死んだ。
死ぬ少し前、年金手帳を見せながら「これだけ積み立てたから来年から毎月これだけ金が入る」と喜んでいたが、結局叶わなかった。
数百万の大金をせっせと国に寄付して死んだ。
もっとも、父は生前かなり享楽的な金の使い方もしたようで、景気の良かった頃は母に数十万ドンと渡し、「これで好きなダイニングテーブルを買って来い」と大見得を切ったこともあるそうだ。
僕なら「買って来い」より「買いに行こう」だが、そういう金の使い方を今の僕は「正しい」と思う。
贅沢は敵ではない。
敵というなら、まあまあ楽な生活を送っているくせに、自腹を切ることに病的なまでの拒否反応を示すマスゾエのような中高年こそ敵というべきだろう。

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2016.06.07 | | 未分類(日常、随筆)

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