諦めない園芸~園芸逆境大国・日本~

昨日はブロック塀と共生せざるを得ない事情を書いた。
日本はブロック塀大国だから、ダサイダサイと否定したって始まらない。あるものはある。仕方が無い。イヤなら金を貯めて個人的にブロック塀のないマイホームを建てるっきゃない。
そんな話。
しかしよく考えてみれば、日本のような、都市の景観より効率やコスパ、利便性を優先させる国の<色のない住宅地>にあって、アホみたいに花を咲かせられたらスゴくね?とも思う。
「臭いものにフタ」的に、ブロック塀を板塀で隠して無理矢理オシャレに見せるのも一つの手だし、それが出来れば苦はないのだけど、フタをせずに乗り越えてみたいとも思う。一種の挑戦だ。
たとえば、ここがヨーロッパの片田舎やパリの街角だったとして、可愛くバラやクレマチスやゼラニウムを仕立てるなんて誰でも出来るのである。そういう国はそもそも家屋や街並み自体が有機的で色彩に富んでいるので、よほどヘンテコな植栽をしない限り「サマになる」。灰色の穴の開いたブロック塀など日本にしかないのだから。
それに比べて日本の街並みや住宅街はというと、電信柱が乱立し、電線がぶら下がり、家と家の間は必要以上に狭く、田舎地主どものちっぽけな「所有権」を象徴する無機質なブロック塀が町中に張り巡らされている。色彩は乏しく、どんな路地にもバイクや車が我が物顔で乗り入れて来る。
普通に考えたら、こんな住宅環境でヨーロッパやアフリカ原産の草花をオシャレに咲かせようとするなんて、無謀と言えよう。都市部の住宅街では大抵の場合、背景が使い物にならない。
つまり僕ら日本のホームガーデナーは、欧米人に比べて非常に不利な環境で園芸することを余儀なくされている訳だ。
そんなハンディキャップを背負いながらも、庭を植物で素敵に変身させるなんて、とんでもないことである。無謀への挑戦である。
僕のモチベーションの源泉はその辺にある。
一番初めにこの家の通路を見たときも、可能性しか感じなかった。「俺が変えてやる」と、むしろ腕が鳴った。「ブロック塀が目に入らないくらい素敵に花を咲かせりゃいいんだろ」と。
しかしこれは僕だけの話ではない。
日本の都市生活者は諦めない。花を諦めない。
道路にはみ出してプランターを置きまくり、塀の上にも鉢やプランターを並べる。
置き始めてからすでに500年くらい経っているから鉢代わりの発砲スチロールもボロボロだ。
とてもじゃないがオシャレとは言い難いし、時に通行の邪魔にさえなっている。
(だったらもっと田舎の庭のある家を買えばよかったじゃねえか)と言いたくなる時もある。
しかし、その「植物を育てたい、飾りたい」という気持ちは、見上げたものである。
僕も同じだ。
僕はそれをもうちょっとセンスよく、人の通行の邪魔にならないようにやっているだけで、精神性は同じである。
諦めない。
ブロック塀に囲まれていても諦めない。
都市でも田舎でも、ほとんどのホームガーデナーはこの「ハンディキャップ」を背負いながら、しかも日当たりや土質や賃貸借契約やパートナーの不理解・非協力(笑)といった無数の「逆境」「悪条件」の中で考えながら、あがきながら園芸をしている。
よほど恵まれた人でない限り、この国で園芸をする人はみなチャレンジャーである。

そんな訳で、僕もチャレンジャーの一人として、「賃貸借契約」と「ブロック塀」に負けない庭作りをしていきたいと思っている。
それが誰かの励みになったり参考になるのであれば、ハッピーだ。

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2016.06.01 | | 園芸コラム

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yuhei

Author:yuhei
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