園芸文学講座・第二回~筒井康隆「家族八景」~

忘れた頃にやってくる園芸文学講座、二回目は筒井康隆の「家族八景」(第一章「無風地帯」)を紹介する。
この作品はテレパス・七瀬が初めて登場する作品であり、「七瀬再び」「エディプスの恋人」へと続く「七瀬三部作」の第一作として筒井作品の中でも重要な位置を占める。
もっとも、前回の「夕べの雲」のように、ガーデナーが喜ぶような描写は皆無である。登場人物が園芸をしているわけでもなければ、花の名前もほとんど出てこない。ただひたすら、テレパス(と同時に家政婦)である七瀬の意識を通して、現代日本の家族・家庭のあやうさ、おかしさ、醜さを炙り出すだけである。
ではなぜ紹介するのかというと、「花」を抜きにして七瀬は語れないからである。
書き出しを読めば、それは一目瞭然である。

 

前庭の、赤い花が満開だった。なんという花なのか、七瀬は知らない。彼女は花の名前には興味がなかった。

のちに赤塚不二夫の手によって漫画化もされ(「ハウスジャックナナちゃん)」、ドラマ化までされた人気ヒロインの最初の情報が、「花の名前を知らない」そして「花の名前に興味がない」である。
これは何を意味しているのだろうか?
普通、小説に花を出す場合、作家はそれが何の花なのかまで書くものだ。単なる背景にすぎない場合(たとえば距離が離れていて「何かの花が・・・」と言わざるえをないような場合)は別として、そこに花が咲いていれば、何の花なのか読者にも知らせようとする。例えばこんな風に・・・

 

海濱の松が凪に鳴り始めた。庭の片隅で一叢(そう)の小さなダリヤが縮んでいつた。

横光利一「春は馬車に乗って」

アヴォンリー街道をだらだら下って行くと小さな窪地に出る。レイチェル・リンド夫人はここに住んでいた。まわりには、榛(はん)の木が茂り、釣浮草の花が咲き競い・・・

モンゴメリ「赤毛のアン」 


小説中における花(ないし植物)は往々にして何かを象徴もしくは表現しているものなので、読者もそのつもりでそれらを「見る」。横光の「ダリヤ」から読者は何やら不吉な予兆を感じとるであろうし、これとは対照的に、「赤毛のアン」からは希望にあふれた、美しい光景を想像するだろう。
しかし「家族八景」の冒頭の「赤い花」からは、読者は「赤」という色以外、ほとんどなにも思い描くことが出来ない。名前もなく、ただ「満開」とあるだけで、あまりに抽象的すぎるからだ。
となると当然、「ならどうしてわざわざ読者に花を見せるのか?」という疑問が湧く。

 

実はこの冒頭の「赤い花」は、情景を映し出したり、何かを象徴するためにあるのではない。簡単にいえば、「七瀬」という女の像を端的に表すための「鏡」としてそこにあるのだ。
「なんという花なのか、七瀬は知らない」というところから、われわれはこの人物(七瀬)が若く、そしてどことなく社会や集団といったものから距離を置いた存在であるような印象を受ける。もしこれが仮に「知らなかった」であれば、知る機会はあったけれどついに知ることなく今に至っている、と読むことが出来、この人物の背後に家族や友達、学校といった社会的な面を見出すことが出来たろう。しかしここでは「知らない」と、断定的に書かれている。これは「普通の人ならば知っているだろうが、この主人公はそうではない」と言っているように聞こえる。知る機会さえなかったと。つまり、そのような環境で育った若い女、ということが一瞬にして読者にインプットされるのである。
そして作者はさらにこう突き放す。
「彼女は花の名前には興味がなかった。」

花の名前に興味がない女。花などには見向きもせずに生きてきた女-。俗世間から一歩身を引いて、日陰の道を一人でたくましく生きてきた女。そんなイメージが浮かばないだろうか?どうやらこの人物は、意志を持ってそういう生き方をしているようだぞ、と、読者は思うだろう。それが作者の狙いである。
また、「花の名前には」の「には」によって、われわれは、この人物がそれより何か他のことを求めていること、他に探しているものがあることを知る。
ではそれは一体何なのか・・・なぜ七瀬は花を見ても何も感じないのか・・・この問いは続編の「七瀬再び」「エディプスの恋人」を読み進めるうちに自然と明らかになるだろう。

この章の最後の最後に、またこの「赤い花」が登場する。

どうぞ、いつまでも家族サーカスをお続けなさい。舞台装置じみた小奇麗な尾形家を振り返ろうともせず、七瀬は門を出た。前庭にはまだ、あの赤い花が咲き乱れていた。

書き出しの「赤い花」は七瀬の性格を表すための道具にすぎなかったが、同じ「赤い花」でも、書き出しの「赤い花」とエンディングの「赤い花」とでは、意味するものがまるで違う。
それは自分で読んで確かめてください。


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2011.11.11 | | コメント(0) | トラックバック(0) |

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