あの頃の庭~5年目に思ふ~

このブログは2011年4月7日に始まった。第1回目の記事の書き出しはこうだ。

「大震災で受けた傷が一向に癒えない東日本である。

四週間近く経った今も原発は復旧の目途すら立たず、被災地にはいまだに燃料が不足している地域があるそうだ。(中略)おまけに総理大臣は雲隠れ、NHKをはじめとするテレビ局各局は「自粛」の名の下に味の抜けたガムのような「情報」と「解説」をひたすら繰り返すばかり。ただでさえ民主党に甘かった既存メディアは、ここにきて完全に報道機関の名をかなぐり捨て、政府のスポークスマンになり果てた。異常というなら、日本のこの画一化した報道ほど異常なものはない」・・・・・。

既に庭のある家に住みガーデニング1年生として精力的に園芸はしていたが、ブログで自分の庭を紹介する気はあまりなかった。そんなことより民主党の下劣さ、無能さと、肝心なことは何も報道しないくせに一端のメディア面している日本のマスコミの救いようのないオメデタサを糾弾する方が重要だった。
ハッキリ言ってうちよりスゴイ庭なんかいくらでもある。何も僕なんかがしゃしゃり出て「あれ植えました」「これ咲きました」とやらなくたって誰も困らないと思っていた。しかし園芸は思った以上に奥の深い世界だった。
園芸、というか庭だ。
「庭は自分」「庭は全宇宙」という考えに至るまでにそう時間はかからなかった。
そうなると俄然面白くなる。相変わらず民主党は卑怯で愚劣で、テレビや新聞は民主党に都合のいい偏向報道を続けていたが、それらについて語ることと同じくらい<庭造り>や<庭を論じること>も、僕の中で大きな意味を持つようになっていった。


庭の面白いところは、人間が中心にいる点である。人間なくして庭はない。
庭は人間が作ったものだから庭という。人間のいない草原や無人島に庭はない。
自然の働きで楽園のように花が咲き乱れる空間があったとしても、それは庭とは呼ばない。「自生地」とか「天国のような場所」とかいう。
その「天国のような場所」を「所有」したいという人類の欲求が園芸の始まりである。どんなに自然(ナチュラル)を装おうと、それが「庭」である限り、自然を人間の都合に合わせてこねくり回した造作物であることは疑いようがなく、どんなにナチュラル志向を気取っていたって、結局は<自然な感じのアイテム>で自分に付加価値を付けるのが目的である。
このように、庭と人間(の欲望)は切っても切れない関係にある。庭を考えることは人間を考えることであり、庭を見つめるというのは時代を見つめることでもある。
時代の変化に合わせて人間が変わるように、庭も変わるからだ。
20数年前まで「ガーデニング」という言葉すら使われていなかったし、ナチュラルガーデンなんて「は?」って感じだった。多肉植物なんてもっとニッチな存在だった。
そういうことを掘り下げたり、知るのもまた楽しい。
もちろん、苗を植えたり、野菜を作って収穫するのも楽しい。
これから先もどんどん変わっていくだろう。ナチュラルガーデンが廃れて、「胸キュン☆アホ庭」の時代が来るかもしれないし、もっともっと自然に回帰しようとする「モア・ナチュラル」の時代が来るかもしれない。
それは庭にいれば分かることだ。

↑ちなみにこれも、あの頃の庭。。。
変わらないのは僕のテキトー体質と、「ぶぁー植え」だけ・・・・(汗)
でも今よりずっと花咲かせてるなー。(負けてる・・・)

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2016.03.11 | | 園芸コラム

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Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
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