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Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
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夏と戦争
テレビをつけたらニュース番組が、特攻隊の生き残りの老人を取材したルポを放送していた。
平和のありがたさを伝えるものだ。
そうかそろそろそんな季節かと思った。

戦後日本の夏は戦争とは切っても切り離せない。
僕のような、「戦争を知らない子供たち」が生んだ子供世代にとっても、この国の夏とは、決して明るく楽しいだけの季節ではなく、ランニングシャツの裾に、イヤでも慰霊の鐘の音と線香の香りが染み込んでくる、そんな複雑な季節であった。
もちろんそれは濃度は違えど今の子供たちも同じであろう。
夏には、日本人としてこの国に生まれた者すべてが等しく吸い込む「悲しみのにおい」がある。
そんな「夏」は、当然ながら明治の人も江戸時代の人も室町時代の人も経験していない。漱石も芭蕉も利休も親鸞もこの独特の日本の「夏」を知らない。
知っているのは日本の歴史上、僕たち戦後を生きるものだけである。

無論、戦争はいつの時代にもあった。
京都の人が「先の大戦で」というとき、それは大東亜戦争のことではなく応仁の乱のことを指す(!)、なんて話も冗談半分にせよあるくらいだからいつだってどの季節にだってどの地方にだって、何かしら鎮魂、慰霊、反省、平和への祈念といったものが季節に織り交ざって流れてはいただろう。
しかしここまで高度に近代化・民主化した社会の中で、国民全体がメディア等によって同じ反省や後悔、平和の尊さを半ば強制的に感じさせられなければならない時代は以前にはなかった。
良い悪いではなく、大東亜戦争へのあらゆる感情は、儀式化され慣習化され、戦後日本の夏に溶け込み一体となって、汗ばんだYシャツの背中に、アナウンサーの声の中に、サンダルに、物干し竿に、畳に、そうめんのつゆの中に、甲子園のグラウンドに、午後の静かな駅のホームに、高い高い夏の空に、せみの声に、公園のベンチに、空き缶に、点滅する信号機に、宿っている。

そして僕はそんな日本の夏を嫌いになれない。

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時事問題 | 23:58:08

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