新しい蚊よけと庭を思うきもち。

関東はここのところ天気がすぐれなかったが、今日は朝からガンガンの暑さ。

土日は天気が悪く1秒も園芸を出来なかったので午前中、ちょっとだけ庭に出た。
ゴミ出しついでに庭をチェックしたら雑草がすごくて、看過できなかったのである。気になって仕事に集中できないレベル。
あと、グッドタイミングでこういうものが届いたから、というのもある。

虫除けジェル。
ヤブ蚊対策としてこれまで園芸作業のときは固定の蚊取線香を2つほど焚き、腰には携帯用の蚊取線香をぶら下げ、長袖長ズボンを履いて、さらに顔面には目をつむって蚊よけスプレーをぶっかけるという「フルメタルジャケット」(完全武装)で臨んでいた。
それなりに効果はあるが、これはあくまで庭にフル出場するときの話。
ちょっと水をやりたいとか、玄関先を掃きたいとか、今みたいにちょっとだけ草むしりしたい時は、面倒なのでそこまでしない。横着してハーフパンツにTシャツで出たりする。
当然噛まれる。
スプレーくらいするかと思ってスプレーするのだが、むらがあるらしくスプレーされていない場所(たとえば半袖の袖口の裏側やハーフパンツの裾の裏とか肘とか)は容赦なく噛まれる。しかも商品によってはスプレーしたあと白い粉が皮膚に残り、ちょっと恥ずかしい。
「日焼け止めみたいに塗るタイプの虫よけってないのかね?ないなら俺が特許とるけど」
と奥さんに言ったらさっそくアマゾってくれた。
さすがヤブ蚊大国(?)日本である。僕なんぞが出願するまでもなく塗るタイプの蚊よけ製品がちゃんとキンチョーから出ていた。
それが上のボトルである。
ジェルなら服の袖の奥も肘も首もむらなく塗れるので、安心である。

雨で散ったサルスベリの花がらをホウキで掃き集めたり、ポタジェの雑草を抜いたり30分ほど半袖で作業したが、腕は蚊に刺されなかった!顔を一箇所刺されたが、顔はちゃんと塗ってなかったからしょうがない。
園芸の強い味方を得た気分。

ホオズキが半分だけ赤。

日に当たらない部分は変色しないのかな。

このふわふわしたシルバーリーフはサルビア・アルゲンティア。

別名「白くまくん」と呼ばれる。
そんな名前だからてっきり夏には弱いのかと思いきやむしろ夏が開花期。
いっぽうで白くまらしく耐寒性もあるので冬からずっとこんな感じ。1年を通してあんま変わらない。
そこがまたかわいい。

とりあえず目立つ雑草は消し去れたので気分爽快。
曇ってるほうが気温も低いし草むしりには向いてるんだけど、不思議とこういう過酷な日のほうがやる気が起きるという。。。(-_-;)

庭というのは不思議なもので、手入れの頻度とモチベーションが比例する。
いったん手入れを怠って放置しはじめると、比例してモチベーションもどんどん低下していくのだ。面倒くさいから庭に出なくなる。庭に出なくなるとさらに雑草が増え、さらに面相臭さが増してモチベーションが低下する。
庭を見るたびにタメ息を吐き、荒れるに任せ、そのうち庭を見ないようにしている自分を発見する。
しかし逆にモチベーションは低くとも自分を奮い起こして「うりゃー!」と庭をキレイにすると、不思議と「うちの庭、まだまだいけるやん☆」と思うのである。
手入れをすると、モチベーションが復活するのだ。
キレイにすればするほど、色んな発見があったりアイデアが湧いたり可能性を見出したりして、やる気が湧いてくる。そういう世界である。
庭をキレイにするという行為は、イコール「庭を大切に思う」ということである。
庭は自分であるから、庭を大切にするということは自分を、もしくは自分の暮らしを大事にするということである。
自分の暮らしを大事にする。
かつ、それを楽しむ。

とか言いながら、汗だくで雑草かき集めている僕の姿は全くそんな風には見えないと思うけどね。 (>_<) 
見えなくとも心の深奥でかすかに楽しんでいるのだ。かすかに。

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産業廃棄物の許可 行政書士

2017.07.31 | | ガーデニング

好きに愛し合え

元SPEEDの今井絵里子議員がどこかの市議会議員の男と新幹線の中で手をつなぎながらクークー寝ているところをスクープされた。
「いい写真ね」
と奥さんがテレビを見ながら言った。画面にはちょうど件の写真が映っている。
「私が本人だったらフレームに入れて飾りたいかもー」
確かにそう言われてみると隠し撮りしたにしてはいい写真である。
仲睦まじい様子が伝わってくる。
しかし世間はそう思っていない。ワイドショーからネットのコメント欄まで、「今井は政治家の資質なし」「脇が甘い」挙句の果てには「この記事を見る子供のこと考えてない」だって。
余計なお世話もいいとこである。
僕にはこれの何がそんなに問題なのか分らない。
不倫というのは「倫(りん)にあらず」と書く。
「倫」(りん)とはすなわち<人の守るべき道理や筋道>のことである。
筋道に合わないことをすることを「不倫」と言う。
相手の市議は数年前から妻との夫婦関係は破綻しており、一緒に暮らしてもいない。おまけに離婚調停中とあれば、これはほぼ「独身」とみていい。厳密に言えばまだ既婚者だが、だからなんだ?
好きに愛し合えばいい。
大人の恋である。他人が口出しすることじゃない。
ましてや説教なんて野暮もいいところである。
議員としての「資格」がどうのとよく聞くが、少なくとも新聞・テレビ・週刊誌には他人に対して「筋道」がどうのなどと説教できる「資格」はない。
筋を曲げたり折ったりして日和見街道を走りぬけ、都合が悪けりゃ頬っかむり。
それがマスコミというものである。
アッコだタケシだヒトシだ芸能人のコメンテーターだって、日和見でご都合主義なのは同じ。
どこかの「サムライ」が闘病中の妻をよそにニューヨークで不倫してたって「ケンさんだから」で終わり。ベッキーより今井よりずっと悪質だと思うのは僕だけではないと思うが、芸能界のルールだかなんだか知らないが一般人には分らない何かの「パワー」によって守られる人間と徹底的に叩き潰される人間が生まれる。きたねえ世界だ。
かように、彼らには人を計る倫理観自体が備わっていないのだから、アヒルがガーガー言っているのと同じである。
大体、不倫だ不倫だと騒ぐが、一体何十年前の貞操観念で生きてるんだ?と思う。
自分自身、ろくに節度など持ち合わせていないくせに、人がコケたときだけ物知り顔で「おやおやまあまあ」と言いたいだけのヒマ人がこの国には多すぎる。

本当に叩くべきは男女の不倫などではない。
不倫など所詮ただの色恋沙汰である。
本当に憎むべきは平気な顔で卑劣な言動をする政治家である。
二重国籍がバレたらレイシズムだのヘイトスピーチだのを持ち出して人権問題に摩り替えようとしたり、どこかの大阪府知事が部落出身だと週刊朝日に暴露された時は「すこぶる面白い」などと言ってたくせに自分の党の党首が国籍問題で追い詰められると「人権侵害だ」と怒ったり、他党の議員が質問しようとしているところへ不意打ちに問責決議案を出して他人の質問権を奪ったり、
国会答弁の最中に質問者のうしろでいかにも馬鹿にしたようにニヤニヤしたり・・・。
自分には知名度以外何もないくせに都政に貢献した前任者を悪者に仕立て上げ、自分を救世主に見せるためだけに膨大な時間と税金を使い、結果的に自分が悪者に仕立て上げた人たちと同じ結論にたどり着いても謝罪も反省もしない。
こういう連中こそまさに人の守るべき筋道から外れた<腐れ外道>というものではないだろうか。
政治家として恥ずべき行為であり、それこそ有権者を馬鹿にした行為である。
それに比べたら1年生議員が離婚調停中の男と「エッチつなぎ」で手をつないで新幹線で寝ていたから何だってんだ。
少なくとも今井絵里子は先日の閉会中審査の時、青山繁治議員の質問をうしろでメモをとりながら真剣に聞いていた。落ち着きなく後の席のレンホウに話しかけたり席を立ったりして学級崩壊クラスの小学生みたいだった民進党の福山哲郎とはえらい違いだった。
性根の腐った人間は素振りですぐそれと分る。

今日は一日雨で園芸出来なかった。
いま、庭が荒れ放題。
ふぅー。

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解体工事 登録 行政書士

2017.07.30 | | 時事問題

海に戻る。

若者の海離れが進んでいるそうだ。
「レジャー白書」によると、平成19年には2040万人いた海水浴人口が、平成27年には760万人にまで減少している。たった10年で「海行きたい」と思う人が半分以下にまで減った計算だ。
海水浴場もここ10年で10箇所も閉鎖されている。
いまの10代の若者にアンケートをとっても、42.5%が「海に親しみを感じない」と答えている。
ちなみに50~60代では「海にとても親しみを感じる」が40%。
明らかなジェネレーションギャップが見て取れる。

しかしこれは現代の若者が「海を嫌いになった」ということではないと僕は思う。
僕自身は海の近くで生まれ育ったので、山よりは海のほうが親しみを感じるが、親しみを感じてはいても10~20代の頃は「海水浴なんか誰が行くか」とずっと思っていた。
夏に勢い込んで海に行くなんてのはチャラついたウェイウェイ族か筋肉見せたがりのモテないナルシストのすることで、股間と脳みそが逆についているような連中と一緒になってゴミだらけの砂浜で、にごった海水に浸かるなんて真っ平ゴメンだと思っていた。
また子供の頃の記憶から、海水浴の「面倒くささ」もよく知っていた。
浮き輪だの空気入れだのパラソルだの重たい荷物を持って、田舎地主が臨時で営業している一日数百円の私営駐車場に車を停め、そこから歩いて浜に出て、場所取りをしてシートを広げて・・・・泳ぐ前にもう疲れている。
海の家は海の家で、「安心」とか「安全」とか「清潔感」といった言葉を知らない人間が経営しているのでどこも汚く、設備は古く、そのくせボッタクリ一歩手前の料金だったりして、帰りの車中、母親がブーブー文句を言っていたのを今でも覚えている。
これらの負のイメージ、負の記憶が合わさって、長いこと僕を海から遠ざけていたのだった。
今の10代の子たちの中にも、似たり寄ったりの経験から海水浴を忌避するようになった人も多いのではないかと思う。
要するに海そのものが嫌いなのではなく、海に付随する諸々のイメージや面倒、経験則から、「海なんかヤダ」と思うようになっていった人も多いのではないかということだ。
また、海に行きたくない理由としてよく耳にするのが「日に焼けたくない」というものだが、これは詭弁であろう。
なぜならそんな美白妄信女子でもバリ島には行きたがるからである。
タヒチやモルディブに行きたがる。
行くとなったら数ヶ月前からシェイプアップして脱毛をし、ビキニを新調し、100%太陽に自分をささげようとするだろう。
だから正しく言えば、若者の海離れは、「日本の夏の海離れ」なのである。ステータスになるような海外の有名ビーチならいい。
そう言うわけで、個人的にはそんな「日本の海はNO」の原因を作ったのは、やっぱり「古くて汚ったない海の家」なのかなと思ってしまう。
日本人の衛生観念はどんどん高くなって、今ではほとんど潔癖と言ってもいいほどだ。
そんな時代にあって、更衣室は狭くてボロボロ、シャワーは行列、トイレは地獄・・・そんな昭和40年代から何も変えていないような海の家を見て、子供たちがドン引きするのは想像に難くない。
男子ならまだしも、女子は完全にアウトだろう。「二度と来ない」と思うほうが自然である。
女子の来ない夏の海など男子にとって肉の乗っていない牛丼と同じ。
女に受けない海から先に、消えていくのだ。
海のキレイさなんか二の次なのである。透き通った水じゃないことくらい誰だって百も承知である。
むしろ大事なのは「海の家のキレイさ」。
海水も砂浜も大してキレイでもない湘南がいまだにナンバーワンをキープしていられるのは、たくさん女子が来るからである。
たくさん女子が来るのは、設備が整った、清潔感のあるお洒落な海の家があるからである。

先日、静岡県内のとある海水浴場へ行った。
海の家はお洒落とは程遠い、シャワーもトイレも鬼のような、それこそ昭和の時代から何一つ修繕されていないような家だった。
それで駐車場500円+海の家利用料1000円。
しかもシャワー利用料はその中に含まれず、別途一回100円。
おまけにその「1回」がすごい。
100円玉を入れると口からお湯が出るのだが、90秒ほどで止まる。時間制限ありの100円なのだった。
むろん、そんな大事なことでも事前の説明など一切なし。
奥さんが入っているのを入り口で立って待っていたのでどうにか奥さんのヘルプに応えてコインを追加することが出来たが、一人だったらどうなるんだと空恐ろしくなった。
僕の番になってシャワーブースに入ったら一枚だけ貼り紙が張ってあった。
「お湯が止まったら大声で店の者を呼んで下さい」
なるほど、一人だったら叫べばいいのか。
っておいおい。(-_-;)

そこは全国でも名の知れた海水浴場だが、このレベルである。
それでも僕は腹は立たなかった。呆れたが、二度と来るか!とは思わなかった。
海は楽しい。
去年、小学6年以来、何十年ぶりに海水浴をして海の楽しさを思い出した。
キレイな海、キレイじゃない海、波の強い海、色んな場所で遊んだ。
海離れが進む中で、僕は海に戻っている。


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産業廃棄物の許可 行政書士

2017.07.29 | | 時事問題

そんなばけーしょん。

夏も半分過ぎるころ。

海に行きたい。
川に行きたい。
渋滞知らずの田舎道を
くねくね走って
開けた窓から腕を伸ばして
夏にエルボー。

浮き輪を投げて
ネイルを磨いて
砂にヤケドする
おっぱいと
おしり
ふとももと
かかと
欲望の虹。
夜に咲く
一日花

そんなばけーしょん。

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産業廃棄物の許可 行政書士

2017.07.28 | |

「飾る」ということ。

飾るの大好き。

壁と見るや何かを飾りたくなる。

自分の好きなものを好きなように好きなだけ飾りたい。
壁は「自分」をPRするでっかい自己紹介カードのようなものである。
私はこういうものが好きです!私はこういうセンスの持ち主です!とアピールする自由記載欄。
壁に飾れない「自分」はない。

飾るのは楽しい。
飾るから楽しい。

「置く」のは処理だが、「飾る」のは表現である。

「置いてあるように飾る」のは
技(わざ)である。
たいへん難しい。
でも、
その難しさを下手なりに楽しむからこそ
趣味というのは美しいのである。

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産業廃棄物の許可 行政書士

2017.07.27 | | 園芸コラム

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Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
「一般教養としてのロック史」管理人。興味のある方は覗いてみてください。ネットショップも地味に
コメ欄クローズ中ですので、現在お声はメールでお願いしております。
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