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Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
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シリーズ映画を担うということ
連休中日の土曜日。
珍しく昼間から映画を観た。『クリード~チャンプを告ぐ者~』という映画だ。
映画『ロッキー』で主人公ロッキーのライバルであり親友でもあったアポロ・クリードの息子をロッキーがいっぱしのボクサーに育て上げ、現チャンピオンに挑むという話だ。
シルベスター・スタローンは1946年生まれ(昭和21年生)だから現在72歳。
劇中では、さすがにスパーリングの相手も出来ないし階段もシャキシャキ上がれない「老いたイタリアの種馬」になっている。
実際のスタローンはどうだか知らないが、その老いっぷりがワザとらしくなく、茶目っ気と悲哀と孤独を全身に滲ませた演技は素晴らしく、この映画でゴールデングローブ賞助演男優賞を受賞したのは納得である。
スタローンといえば一般的には「筋肉だけで知性ゼロ」みたいに思われがちだが、まったく違う。
出世作『ロッキー』は彼自身が3日で書き上げた脚本を映画会社に売り込んで誕生した。以降『ロッキー』シリーズの大半で監督・脚本・主演の一人3役をこなし、『ランボー』シリーズでも全作品で脚本に関わっている。
かなり辣腕なビジネスマンでもあり、良い映画を撮る術を熟知した優秀な映画監督兼俳優だ。

スタローン映画のいいところは、<観客が観たいものを観せる>
という姿勢だ。
ハッキリ言ってこの『クリード~チャンプを告ぐ者~』は王道ど真ん中のベタベタ映画である。
というか、「ロッキー」1を主人公をアポロの子供に変えて、現代を舞台にしてやっているだけと言われればそうだ。
だがそのベタベタが良いのである。
観客が見たいものはそれなのだ。
老いたロッキーとアポロの隠し子の友情であり愛であり、偉大なチャンピオンを父に持った若き主人公の葛藤、そして父へのリスペクト・・・もっと言えば「ロッキー伝説」へのリスペクト。
過去のシリーズのアポロの映像を随所に散りばめ、往年のファンが思わずニヤリとするようなシーンやセリフを織り交ぜる。
監督・脚本はスタローンではなくライアン・クーグラーというまだ弱冠32歳の若手の監督だが、正面からなんの衒いもなく作りきったところにこの人の『ロッキー』シリーズへの愛が窺える。
コテコテの有名映画の続編やスピンオフとなると監督によっては自分の色を出したがったり、解釈を変えてみたり、色々いじってはファンから不興を買うことが少なくないが、最近はそういう変な上昇志向を持たずに、オリジナルへのリスペクトをファンと同じ目線の高さで持ちながら監督できる人が増えてきた。
『スターウォーズ~フォースの覚醒~』の監督のJJエイブラムスなどは、生みの親であるジョージ・ルーカスがフルCGで新3部作を作って大失敗したのを見ていたからか、フルCGを止めて30年前の第一作のように「手作り感」にこだわってクリーチャーを着ぐるみに戻した。
そしてずっとファンが観たいと思っていた新しいスターウォーズを作った。
人気シリーズにおいては、監督の「自分色」なんて、ファンには無用な自己満足にしか映らない。
もしやるなら『シンゴジラ』の庵野のように、時代のニーズを的確につかんだ上でやるのがベターであろう。
今の時代の空気ともズレたまま、しかも自分の好きなキャラクターが好きでもない監督の自己満足の餌食になるのを観るほどファンにとって辛いものはない。

というわけで、『クリード~チャンプを継ぐ者~』、秀作です。

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映画の感想 | 23:57:15
君のいなかは。
今日は横浜でお仕事。仕事帰りに駅中のカフェでひとときの読書タイム。

ずっと忙しくて本を読む暇もなかったので、こういう時間が持てることが嬉しい。というかほとんど懐かしい。

カフェといえば映画 『君の名は。』(佐田啓二のほうじゃなくてアニメのほうね。古っ(-_-;) )で、町に一軒もカフェがないことを主人公・三葉(みつは)が嘆くシーンがあった。田舎に住む三葉とその友人らは都会に行ってカフェに入ることを夢見ている。でも町にはせいぜいスナックしかない(スナックだけはなぜか2軒もある)。仕方がないから自動販売機の前にベンチを置いてそこを「仮設カフェ」にしてコーヒーを飲むという、涙ぐましいというか逞しい日常が描かれていた。
都市部に住む中高生からしたら「カフェの何がそんなに!?」と思うかもしれないが、田舎にいると<都市にあって自分の町にないもの>はなんであれ羨望の的になるものだ。
そういう意味でも、個人的には好感の持てる映画であった。
僕が育ったまちは房総半島の人口5万人ほどの小さなまちであった。
取り立てて言うほどの歴史や文化、観光資源はないに等しく、駅前の小さなジャスコがそのまちで一番「東京に近い場所」で、若者はみな「君の名は。」の主人公ら同様、地元を呪いながら成長する。
なけなしの小遣いをポケットに温め、1時間に一本しか来ない電車を乗り継いで千葉まで行っては、都会というものの大きさと賑やかさ、また、目に見えない<街が持つ磁力>や<魔力>のようなものを心に焼き付けて帰ってくる。家の最寄り駅で電車を降りて数分も自転車を走らせれば、もうそこは月明かりとウシガエルの合唱と自分しかいない、暗い、一本道の農道である。そういう田舎で僕は育った。
そしてこの国の7~8割の国民が、そういう場所に生まれ育ち、現に生活している。
もっとも、今となっては「コメダ」だの「星乃」だのといったロードサイド・カフェのチェーンが地方にもだいぶ進出しているから、「君の名は。」の主人公ほどカフェを夢見る子は少ないだろうが・・。

田舎者の自分も都市生活が長くなって、東京に詳しくなればなるほど、夢見る気持ちを忘れつつある。というか、自分は好きでも、「東京」が「東京」というだけで羨望の的になる時代はとうに過ぎたと思っていた。

東京も変わりつつある。
かつて若者の文化の発信地とされた「渋谷」「原宿」、アート系やバンドマンの聖地「吉祥寺」、IT系のメッカ「六本木」・・・。
吉祥寺以外はいずれも「首都圏:住みたい町ランキング」の10位以内にすら入っていない。
まあ、「若者文化の発信地」といっても、そもそも若者自体が減っているのだから渋谷・原宿が廃れるのは当然で、さらに言えば、ロックも死に絶え、右へ倣えで顔もスタイルも平均点以下の集団アイドルの真似をするのが当世流だと信じ込んでいる現代の若者の中では、バンドマンやアート系などというのはかなりの少数派である。
なので渋谷、原宿、新宿あたりは今はアラサー、アラフォー世代のエネルギーで持っている、というのが僕の実感である。(唯一、池袋だけは10~20代が元気だが。。)
しかし『君の名は。』では、東京はあくまでも「キラキラ」であった。
それが妙に嬉しかった。
けなげに東京に憧れる主人公の姿や美しい都市風景のグラフィックを観て、東京の役割がまだ終わっていない(少なくともあの映画の中では)ことを知り、やっぱり、東京というのは<特別な場所>であるべきだよなと改めて思った。
別に東京でなくともいい。
札幌でも仙台でも名古屋でも大阪でも広島でも福岡でも、「都会に夢を持つ」ということはロマンのあることである。
「都会には夢がある」「都会に行けば何か変わる」
人々が勝手に抱く、そんな無数の「思い」を受け止め、吸収し、吐き出すのが都会の役割である。
そういう風に正面から衒いなく、おそらく<作者の好きな東京>を描いたところ、ド田舎の現実もしっかりリアルに、ユーモラスに描いたところが、『君の名は。』のいいところだった。

都会でも田舎でも、ちゃんと見つめれば、「まち」はどこでもスペシャルになりうるのだ。

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映画の感想 | 23:47:52
映画「フラワーショウ!」
園芸や庭が関係する映画といえば、まだ無名だった頃のクライブ・オーウェンが出ている『グリーンフィンガーズ』、市の公園管理課に勤める女性とフランス人(ジェラール・トバルデュー)とのギクシャク園芸生活を描いた『グリーンカード』、イギリスの階級社会の現実を「市民農園」をモチーフにシニカルに描いた『家族の庭』などなど、ないようで、結構あったりする。。。
直接園芸と関係はないが、M・ストリープの『恋するベーカリー』など、庭や緑が効果的に使われている映画まで含めたら、もっとたくさんある。最近では『借りぐらしのアリエッティ』や『言の葉の庭』など、アニメでも本格的に「庭」が描かれているから、実は「園芸」や「庭」は、いま地味にホットなカテゴリーになりつつあるのかもしれない。
その感をさらに深める、こんな映画が2日より公開中。





僕が宣伝してあげる理由はどこにもないのだけど、やはり「日本の家に庭を取り戻せ!」と主張する僕としては、少しでも若い人たちに園芸の楽しさ、庭の楽しさを知る機会を持って欲しいな、なんて思うわけよ。
クソ映画だったとしても。
(予告編観る限り大丈夫そうだけど)
アイルランドの著名なガーデンデザイナー、メアリー・レイノルズ(42)の実話に基づく、大どんでん返しのガーデニング・サクセス・ラブ・ストーリーだそうだから、ガーデナーならずも女子全般が楽しめそう。

さて、今日のうちの庭。
うちも2年半前はリアルに「雑草だけの庭」だったが、大ドンデン返し(?)で花園にした。

ナチュラルガーデン、狭小の庭、日陰の庭、コンテナガーデン、ベランダガーデン、カントリースタイル、モダン庭・・・・どんなスタイルの庭であろうと、そこには色んな希望が詰まっていて、他人には分からない、伝えようにも伝えられないような苦労があったりする。

もちろん喜びも。
庭とは、小さな夢を、少し先の未来に実現させる場所でもある。
そのささやかな試み、挑戦を、楽しみながらする場所だ。
この映画の主人公のように前向きに、夢を咲かせたいものだ。
観てないけどね!一秒も!

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映画の感想 | 23:35:32 | トラックバック(0)
映画の話
先日、十数年ぶりに映画館で映画を観た。

近所のモールの映画館。

最後に映画館で映画を観たたのは高校3年の頃、ティム・ロスが海の上でピアノを弾く作品だった。内容は薄すぎて全く記憶にないが、しょっぱい思い出ほど忘れないもので、主演俳優とタイトルだけはしっかり覚えている。
ちなみに最初に劇場で観た映画は「となりのトトロ」だった。母に連れられて街の市民ホールみたいなところで観た。あのテーマ曲を聴くと、初夏のある晴れた日に母と並んで公園の幅広の階段を上ってゆく子供の後姿が目に浮かぶ。
中学生になって本格的に映画に目覚めた。
「テレビタロー」(番組表)を買って目ぼしいテレビ映画を全部チェック、録画し、同時にレンタル店で少ない小遣いをはたいて新旧のハリウッド映画を片っ端からレンタルして観るという、映画浸けの日々。
困ったことにほぼ時を同じくして洋楽に目覚めた。
これは当然の帰結だ。なぜなら僕が好んで観ていたのが80年代~90年代前半のハリウッド映画だったからだ。映像と音楽の関係をもっとも大切にしていた時代。その効果を最大限に活かす方法を模索しながら完成させた時代。
そんな時代の映画ばかり観ていたら誰だってシンディ・ローパーやVANHALENやプリンスに興味を持つ。だから僕の音楽の「原点」は映画なのである。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」であり「ストリート・オブ・ファイアー」であり「グーニーズ」であり「プリティウーマン」であり「ブルースブラザーズ」であり・・・。
どういう14歳だよ?と自分でも思う。
しかしその頃(90年代後半)、それらの映画をリアルタイムで観た世代(今40代半ばくらい)の大人たちは、自分たちの過去を亡きものにしようとしていた。ボーイ・ジョージやジョン・ボン・ジョヴィやマイケル・J・フォックスに胸をトキメカセていた自分を恥じ、洋楽を捨て、「80年代は黒歴史」とうそぶいていたのである。
でも僕は80年代の映画や音楽が大好きだった。
サイレントから外国の小難しい芸術映画まで観るようになっても、僕の中で80年代ムービーの評価が揺るいだことはない。トリュフォーやゴダールやポランスキーやアンジェイ・ワイダと同じ引き出しに「摩天楼はバラ色に」が入っている。デヴィッド・ボウイやREMやレッチリと同じフォルダにナイトレンジャーやボンジョヴィが入っている。
それが僕である。
会津藩の格言に「ならぬものはならぬものです」というのがある。高潔なルールを守るのに理屈は不要だコンチクショウ、という程度の意味である。
それと同じで、好きなものは好きなもの、である。
自分の好きなものを恥じる必要なんてどこにもない。

あ・・・、
肝心の「スターウォーズ」の新作は面白かった。
中学3年の修学旅行(京都)で、おみやげ用に持ってきたお金の大半を新京極のフィギュアショップで使い切った「スターウォーズ・オタク」の1人として言いたいことは山ほどあるが、ドン引きされるだけだからやめておこうっと。

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映画の感想 | 23:57:41
園芸映画劇場「グリーンカード」(91年・米)
ニューヨークに住むブロンティ(アンディ・マクドウェル)は市役所の公園課に勤める園芸愛好家。

市の仕事の傍ら、ボランティア団体「グリーン・ゲリラ」の一員としてスラム街の緑化や庭園作りにいそしむ日々。

ガーデニングを通して子供たちに夢を、心の豊かさを教える。


そんな彼女の目下の夢は、憧れの「温室付きのアパート」を手に入れること。しかし貸主側の条件は「夫婦で入居すること」だった。
独身でウーマンリブで結婚願望の薄いブロンティは偽装結婚によってこの温室&屋上ガーデン付きのアパルトマンを手に入れようとする。
で、弁護士が「結婚相手」として連れてきたのがレストランのウェイターをしているフランス人のジョージ。(ジェラール・ドパルデュー)。偽装結婚とは言え上品で知的な男が理想のブロンティにしたら屈辱的な、ぷー太郎風の低学歴の外国人。
それでも一瞬だけ我慢すればいいと覚悟を決めて、ブロンティは温室付きアパート、ジョージはグリーンカード(外国人永住権)の為に一時的に「夫婦」となる。

その結果、めでたく温室付きアパートをゲット。


やっと手に入れた憧れの部屋。大都会に住みながら自宅で思う存分ガーデニングが出来るシアワセにブロンティの胸は高鳴る。
が、ここからブロンティの日常は狂い始める。
移民管理局が本当に夫婦で生活しているか面接に行くと言い出し、慌ててジョージを探し出し、管理局を欺くための共同生活を開始 ―・・。
ベジタリアンで健康志向で神経質な女が作り上げた「わたしの理想の完璧な部屋」にフランス野郎が転がり込んでくるとどうなるか。。

①物を壊す。

②罪悪感から勝手な行動に走る

ブロンティが大事に育てている苗を「雑草」と断定して撤去。

③説教される


④開き直る

とまあ、こういう映画ですわ。
このジェラール・ドパルデュー、自分を見ているような気がしないでもないが、そういう意味では男がよく描けていると言えば言えるか。
ただ、恋愛映画としての完成度・満足度は微妙。園芸好きなら見て損はないが、ハッピーな「ラブコメ」を期待して観ると不満が残る。とりあえずDVDのジャケット↓から想像する愉快さは希薄。
設定はいいのだが、アンディ・マクドウェル演じるブロンティーのキャラ設定が硬すぎる。ほぼ全てのシーンでイライラ・ピリピリしており、見ていて疲れる。恋によって少しずつほぐれていくのかと思いきや最後までどこか打ち解けない。笑顔が少ない。
あと「グリーンカード取得のための偽装結婚」という社会的なテーマを背景にしているせいか、ところどころにクライマルなムードを醸し出しており、それがこの映画を中途半端なラブコメに落としてしまっている。映像も暗め。
開き直ってもっとコミカルに、もっとポップにやっても良かった。
78点くらい。

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映画の感想 | 18:00:05
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