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Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
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大河ドラマの視聴率を格段にアップさせる方法
今年のNHKの大河ドラマ「平清盛」の平均視聴率が歴代最低だったそうだ。このドラマがこういう結果に陥るだろうことは最初の1、2話を見ただけで予測出来たことだが(コチラ)、唖然としたのが、その原因が時代背景の難解さや複雑な人間関係、もしくは画像の暗さにあるという、専門家の分析である。
関西大学の黒田勇教授(メディア文化論)は言う。(太字筆者)

「平安末期という視聴者が見慣れない時代設定も要因のひとつ。これまで数多く取り上げられてきた安土桃山、元禄、幕末から明治維新の時代は、歴史的な知識があり、何度見ても面白く感じることができる」

「日本人は大河に壮大なファンタジーを期待するもの。しかし、薄汚れた衣装や都の土埃、かすんで不鮮明な映像の今回の作品は、王朝ものはきらびやかであってほしいという視聴者ニーズとの間にギャップがあった」
さらに同氏はこうも言う。
「映像でのリアリティーの追求は、新しい大河の地平を切り開いた意欲作として評価できるが、視聴者がその水準に追いついていなかったともいえる」

こんなお粗末な分析しか出来ないのによく「メディア文化論」など教えられるなと呆れ果てるが、一番呆れたのは「視聴者の水準」云々という、最後の言い草である。まるで「平清盛」の視聴率が振るわなかったのは、新しい試みをしたNHKの意図を汲み取れず、理解できなかった視聴者が悪いと言わんばかりである。こういう脳なしを「御用学者」という。
僕から言わせれば「平清盛」の視聴率が悪かったのは、画像が汚いからでも時代背景が分かりにくいからでも何でもない。単に、ドラマとして、娯楽として、つまらなかったからである。言ってしまえば脚本家の書くストーリーに、人を惹き付けるものがまるでなかったからに過ぎない。
巷では当初からこの藤原有紀という脚本家の資質には疑問の声が上がっていたし、この脚本家が歴史を、そしてドラマというものを全く理解していないことは、最初の数話を見ただけで一目瞭然だった。にもかかわらず脚本家の資質には一言も言及しない「専門家」。問題は脚本のレベルの低さだということは明らかなのに。
画像が汚かろうと暗かろうと脚本さえよければ人は見る!という格好の例が、07年の「風林火山」である。主人公はビッコのメッカチという時点で(一部の人には)アウトなのに、初回から敵の首は切り落とすわ、子を宿したフィアンセを殺されるわ、水川あさみは賊に犯されるわ、男の僕でさえハードボイルドだな、と思う内容だった。多分、女性は好んで見なかっただろう。それでも平均視聴率は18.7%だった。
なぜか?娯楽として普通に面白かったからである。また、知名度が低いためあまり描かれなかった「川越夜戦」や、天守閣がないために映像的には地味で、しかも現存しないために宣伝にもならない山城などもCGで丁寧に描いたりと、コアな歴史ファンへの配慮も忘れなかった点は大きい。要するに「風林火山」は男のハートをつかんだのである。
しかし「平清盛」は誰のハートもつかめなかった。的外れな批判を真に受けて画面の質を上げたり、無駄な解説パートを入れたり、迷走した。アンチヒーローならアンチッヒーローとして堂々とやればよかったのだが、脚本家がアホ過ぎて結局「海賊王に俺はなる」的なイミフな路線へと走った。
上述の大学教授は「王朝ものはきらびやかであってほしいという視聴者ニーズとの間にギャップがあった」などとアホなことを抜かしているが、そんな低次元な、表面的な観点からしかドラマを見ないから名作が生まれないのである。きらびやかでも映像がきれいでも、内容が伴っていなければ意味がないことくらい子供でも分かる。
しかし問題は、そんな見当はずれな「分析」や「批判」を当のNHKが有難がって拝聴していることである。問題の本質は画像で衣装でもセットでもなく、単に<<ドラマとしてつまらない>><<脚本家がクソ>>でしかないのに、そのような冷静な一般視聴者の声には耳を傾けず、課題として解決できそうな、目に見える形で把握できる問題だけを<原因>として認定する。結果、「篤姫」のごとき薄っぺらな大河が量産されることになる。めでたしめでたし。
悪いことは言わない。もう新しい大河ドラマを作るのをやめたらどうだろうか?受信料の無駄であり、電波の無駄である。そのかわり過去の大河ドラマを流すのだ。「黄金の日々」「徳川家康」「独眼竜正宗」「峠の群像」「炎立つ」「獅子の時代」・・・!間違いなく毎回視聴率30%は取れるだろう。こんなお手軽に視聴率を稼げる手立てがあるのだから、やらない手はない。

来年は新島襄の妻・新島八重の生涯を描く「八重の桜」である。「夫に東を向いていろ、と言われたら3年も東を向いているような女性はいやです」と言った新島襄のお眼鏡にかなった「ハンサムな女」八重を、余裕で10年くらい東を向いていそうな、自我のまるで感じられないロボット女が演じる。

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TV・メディア考 | 22:03:49
デモとメディア

先週の金曜日、首相官邸前に20万人の人が集まった。「反原発」デモである。20万人というのは主催者発表なので正確な数は分からないが、左翼の悪癖である「どんぶり勘定」を考慮して、実際はその半分だったとしても、多い。3分の1でも多い。それは映像を観れば分かる。官邸前の広場、通りという通りは人で埋まり、「原・発・反・対!!」というシュプレヒコールがこだましていた。
だから素直に「凄いね」と言いたい。よく集めたねと。数ヶ月前から毎週金曜日に集まり、最初は300人~1000人程度で推移していた参加者が、先月頃から急激に増え始め、そして先週の金曜日、とうとう20万人(主催者発表)というとんでもない数字を記録したそうだ。
これを知ったのはなんとなしにつけた「モーニングバード」という朝の情報番組だ。この番組ではレポーターに現地取材までさせて紹介していた。

その時点で「あ、これテレ朝か」と気づいてチャンネルを変えればよかったのだが、コメンテーターの青木理の発言が耳に入って身体が(怒りに)強張って動けなくなってしまった。彼の発言は要約するとこんなようなものだった。

「今までメディアはデモとかって、取材するのを控えていた面があるんですよ。イデオロギーで集まってたり、組合で集まってたりするんで。でも、こういう形の、一般の人が集まったデモだといいですよね」さらに、(この反原発デモは)「エジプトやシリアのデモに匹敵する」と、賛美した。

このように、権力(=メディア)に尻尾を振って生きていると、こういう無知で世間知らずで失笑もののコメントを大真面目な顔で飛ばせるようになるらしい。
彼の言っていることは500%間違っている。正しくはこうだ。
「今までメディアはデモとかって、自分の取材したいデモ以外は放送するのを控えていた面があるんですよ。靖国で集まってたり、ネットで集まってたりするんで。あと、スポンサーとの関係なんかでね。でも、こういう一般人(正確には一般人に見える人々)が集まったデモというのは、リベラリストぶりたい僕には合っている気がするなあ」
これが現実であり、最初のような無神経極まりないコメントこそが、まさにメディアの本質その物なのだ。

デモ賛美はさらに続く。今度は取材したレポ―ターがいかにデモ参加者に「一般人」が多くおり、そして彼らがいかにマナー良く、正しい行動を取っているかということを何度となく強調。「線を出ないでくださいって警察が言うでしょ、そしたら本当に誰も線を踏まないんですよ!!


アナログメディアに「公平さ」など求めるだけ無駄なことは百も承知なのだが、あんまりである。
彼らは知るまい。一昨年の10月、尖閣諸島沖で漁船の衝突事件があった時、真実を闇に葬ろうとする民主党政権の隠ぺい体質に業を煮やした市民5千人がデモ行進を行ったことを。
そしてどの局も黙殺したことを。

そのような政治的事件をきっかけとした、明確な「反政府」デモに5千人もの人が集まったということに僕はショックを受けたものだが、映像を見る限り、上の青木とかいうアホなコメンテーターが言うような「イデオロギッシュな人々の行進」では全くなかった。
ましてや一部の反原発の人々のようにドラムを打ち鳴らしたり、中学の文化祭でしか許されないような痛々しい変装をして踊ったり、挑発的な行動をとる者もおらず、僕の印象では、「一般人」というなら、ずっとこちらの方が一般人らしい人たちが集まっていたように思えた。日の丸を振っているからデモと分かるが、もし日の丸がなければ「ウォーキング大会」でもしている風な、ほのぼのとした光景だった。

しかし日の丸を振って歩いているだけで、もう「アウト」なのだろう。同じ「一般人が多数参加」したデモでも、「尖閣デモ」は黙殺するが、反原発デモはわざわざレポーターまで出して称賛する。この差。

ここで明らかなのは、「一般の人が多く参加しているか否か」が、報道する、しないの基準になっているのでは全然ない。ということだ。もしそうなら、尖閣デモは<報道される資格>はあった。参加者数も申し分なかった。でもされなかった。
メディアの基準は、そんなところにはない。と思うしかないだろう。
言ってしまえば、自分たちのイデオロギーに合致しているかどうか。ただそれだけなのだ。ただそれだけのくせに、どう見ても「動員」がかかっている反原発デモをあたかも一般人主導のデモのように称賛し、一般人参加の有無が、メディアがデモを取りあげる条件であるかのように己の「色眼鏡」を正当化しようとするコメンテーター。
こういう連中が必要以上に自民党を罵倒し、民主党を政権の座につかせてやったのだ。財政健全化の前に、既存メディアを解体したほうが政治がスムーズに進むに違いない。
「モーニングバード」を観ているとつくづくそう思う。

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TV・メディア考 | 21:48:11
HULU~coming soonはどこ行った?~

「まさか」とは思ったが、本当だった。何がって、HULUから「coming soon」が消えたのである。HULUというのはアメリカからやってきた有料の動画サービス(およびそのサイト)で、アメドラや映画を月額1480円で観ることが出来る。(詳しいことは過去記事参照
で、そのサイトにはついこの間までトップページに「coming soon」と書かれたバナーがあり、また、特定の作品の画像の下に「追加○シーズン」と書かれてあったりした。これを見たら誰だって「今はここまでしか見られないけど、そのうちこれ以降のシーズンもアップされるんだ」と受け取るだろう。それが消えた。

僕がこの事実を知ったのは一昨日、アクセス解析をしていたら、当ブログに「HULU coming soonなくなった」とか「HULU coming soon消えた」といった検索ワードで来ている人が数人いたので「マジで?」と思って見に行ったのである。
僕のように既に見切りをつけていた人間でさえ驚くのだから、「近日追加」を信じて会員登録してしまった人からしたら「ふざけんな!!」という話だろう。これではまるで「あるある詐欺」ならぬ「出します詐欺」である。
しかしHULUを攻撃したところで「プラクティス」の第3シーズンが見られる訳ではない。(僕はこのドラマ見たさに入会一歩手前まで行ったのだ・・・ふう)多分一生見られないだろう。石川遼クンみたいに「スピードラーニング」で英会話を身につけ、字幕なしで楽しめるようになるしかない。(字幕なしならネット上にいくらでもあるわけだし)
それにしても、日本という国の恐ろしさを感じずにはいられない。本国アメリカでは若者の生活を変え、コンテンツビジネスの新たな可能性を示し、YOUTUBEに次ぐ利用率を誇る超巨大動画サイトが、日本では「ゴミサイト」にならざるをえないのだから。

何がどうしてこんなことになるのか、著作権の問題か、単に日本版スタッフがアホすぎるのか。著作権に関していえば、HULUはフォックス、ABC、ユニバーサル、NBCといったアメリカ有数の映画/テレビが出資して設立した合弁会社なので、自分の会社の商品を自分たちで出し合う形である。だからこの失態は、権利問題によるものではないような気がする。
考えられるのは、「風向きが変わった」。つまり、HULUに日本で儲ける気がなくなった。というより、儲けられないことが分かって、投げた。ということだ。何があったのかは知らない。僕たち利用者には知りえないところで、HULUにとって必要な何かが崩れ、断念せざるを得なくなったのだろう。開設当初は確かに「coming soon」と言っていたのだから。

これからあんな貧弱なコンテンツしかない動画サービスに加入しようと思う人がどれだけいるか分からないが、早晩この国から撤退する可能性が高いのでやめておいた方がいい。Coming soon削除はその準備とみていい。

関連する過去記事 「期待外れ!HULU日本版はなぜ駄目なのか」

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TV・メディア考 | 22:21:57
京都にいます。

実は今僕は京都にいる。奥さんの実家の二階・・・のベッドの上で布団にくるまりながらこれを書いている。最近、夫婦ともに少し煮詰まっていたので、気分転換のために車を飛ばしてやってきた。頭をすっきりさせるには、真夜中に音楽を聴きながら100キロ以上のスピードで走り続けることだ。まず僕が浜松まで運転し、そこから奥さんに交代した。途中、関ヶ原で吹雪に遭った以外は何事もなく来られた。
ところで、奥さんの実家では24時間テレビがついている。寝ている時も付いている。テレビが消えるときは、家を空けるときだけだ。まるでテレビを消したら家の電源総てが落ちてしまうとでも言うように。(まあ、うちの実家も似たようなもんだけど)
これは普段まったくテレビを見ない人間にはちょっとキツイ。普通の人にとってはテレビは気まずさを紛らわすためのBGMみたいなものかもしれないが、僕たち夫婦にとってはテレビというのは映画や動画を映すモニターでしかなく、常につけておくものではない。何か「見たい」と思うときにだけつける。そしてその「見たいもの」というのはテレビ局が作ったものではない。しかし、こういう風に強制的に見せられでもしなければ知らないままのことも頭に入るので、一概に無駄とも言えないのだが。
ところで、義父母の家は、前までは地上波の番組をつけていたのに、今ではBSに変わっていた。なぜだろうと不思議に思っていたら、すぐに答えが分かった。どのチャンネルも韓流ドラマばかり放送していたからである。義理の両親は韓流ドラマのファンなのだ。たった数時間の間に「カボチャの花のなんとか」というドロッドロの愛憎劇と、「奥さんはスーパーなんとか」というコミカルな現代劇と、「クンイエ」という時代劇を見せられた。。。何気にオモシロイ・・・。

では韓流ドラマが終わったら地上波に戻すかと思いきや、BSのままチャンネルを変えない。そのままぼーっと眺めていると、ニュースが始まった。「ん??ニュース?ここは京都・・・じゃあ見れるじゃん!」てことで義父に「『ニュースアンカー』にしてくれませんか」と頼もうと思ったのだが、義父が画面を見ながら何やら言い始めたので言いそびれてしまった。そのニュースはBS朝日のニュースだったが、地上波とは違いワンコインランチなんてやらないし、左巻きコメンテーターのリベラルぶった見当外れの意見もなかった。凄く事務的で、さっぱりしている。かといって物足りないかと言ったらそうでもない。ポイントは押さえている。「ニュースなんてこれで十分だよな」と思った。
僕の家はBSが観られないので、民放なのに文化的な番組が多いのは驚きだった。確かに韓ドラの量はどうかと思うし、随所に入り込んでくる化粧品メーカーのベタベタなCMもおぞましいものがあるが、その代わり日本の番組はどれも知的好奇心をくすぐる良質な番組ばかりだ。
まあ、地上波がどんどん拙劣に、低俗になっているから、余計BSが良く見えるのかもしれないけど。



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TV・メディア考 | 23:55:15
大河ドラマ「平清盛」~脚本家に言いたいこと~

8日から始まったNHK大河ドラマ「平清盛」にはほんの少しだけ期待していた。最近の大河ドラマは女子更衣室から一歩も外に出ない<ガールズトーク大河>ばかりだったので、もう少し硬派なものが観られるかなと思ったからである。
しかし今のNHKの手にかかれば、そんな僕の期待を粉砕することなど朝飯前。結局、前半三十分観てテレビを消さざるを得なかった。
別にどこぞの知事のように「画面が汚い」と思ったからではない。脚本がひどいからだ。
ドラマは白河法皇の子を宿した白拍子(遊女)が逃げ出し、それを平忠盛が保護する(その遊女の子が清盛)という設定で始まる。
それはそれでいいのだが、問題は中井貴一演じる忠盛の人物設定である。この忠盛、武家のくせになぜか人を殺すことに苦悩を抱いており、ことあるごとに人の命を奪うとはどういうことか自問自答し、煩悶するのである。道端で子供の乞食が泣いているのを観ては立ち止まって物思いにふけり、助けた遊女に「なぜ人を殺めるのか」なんて説教されてショックを受けたり・・・。挙句の果てには血のついた自分の服を握りしめてこう叫ぶ。
「落ちぬのじゃ!何度洗っても落ちぬのじゃ!」
・・・アホかと。

確かに武士だって人間だ。好きで殺生している訳ではないだろう。そんなことは普通の視聴者なら百も承知であり、わざわざ台詞で弁明する必要はない。目をそむけさせるなり、握りこぶしを震わせたりすれば済むだけの話である。それが「演出」というものであり、そもそも、「弱さ」をさらけ出すことでしか<人間味>とやらを表現できないような脚本家は無能である。

怒りや妬み、下心、名誉欲、劣等感・・・人間には色々な感情や側面があり、それらが合わさってその人の「魅力」を形成している。血を見ても何も思わない男で何が悪いのか。この藤原有紀という脚本家は「そんな男が遊女を拾ってかくまうはずがない!」と考える、役人のような四角四面のお人かもしれないが、矛盾のない人間など存在しないし、だからこそ人間は人間なのである。矛盾が意外性を生み、意外性が共感を生む。

「優しさ」や「慈しみ」といったポジティヴな内面がなければ人にあらず、などというのは、現代人の勝手な思い込みであり、幻想である。冷酷非道な人物より温かみのある人物のほうが視聴者の共感は得られるだろうが、そんなつまらん打算を働かせる暇があるなら、もっと多面的に人物を照射する工夫をしろ。と言いたい。

最後に、このドラマは小道具にとても凝っているそうで、生え際が目だないカツラを用いたり、衣装にはストーンウォッシュを掛けてわざと古びた感じにしているそうな。(→参考記事
細部の「リアリティ」にかまけて一番大事な<総合的な面白さ>を忘れるのは日本人の陥りがちな<負けパターン>だが、この際だからこういうマヌケな連中に一言言っておこう。
誰もそんなとこ注意して観てねえから!!!
目につくことがあるとしたら、前髪があるとか、よほどチープな衣装を着ているとか、CGが北朝鮮並だとか、そういうときだ。それに、たとえどんなにチープなセットでも衣装でも、面白ければ人は観る。
「スターウォーズ」のデス・スターなんて卓球台にゴミを載せただけの代物である。

はあ~、もう二度と「花神」や「獅子の時代」や「武田信玄」みたいな<神大河>は作られないんだろうな・・・。


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TV・メディア考 | 00:36:03
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