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Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
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三昧
3連休は色々やらなければならないことがありゆっくりガーデニングという訳には行かなかったが、今日は少しだけ庭に出た。

大根の種を撒きたかったが結局買いに行けず草むしり。(-_-;)
種くらいすぐ買ってくればいいのだが、なんかこう、今は100%ガーデニングに注力する!というモードではないので足が向かない。
仏教用語に<三昧の境地>というのがある。
瞑想により精神集中が極点に達した状態のことである。
サンスクリット語の「サマーディ」の音写「三昧 さんまい」が濁って「ざんまい」になった。
「ざんまい」という言葉は現代では「『しゃぶ葉』でしゃぶしゃぶざんまい」とか「ビュッフェでスィーツざんまい」とか言ったりするように、ハピハピな状態、快楽に埋没した状態を表すようになっている。
「三昧」には意訳として「心を一処に定めて動くことがない」という意味も含まれているから、別に極度に精神を集中させてビュッフェに臨む主婦がいることを思えば現代用法があながち間違っているとはいえない。
何が言いたいかというと、ガーデニング「三昧」の境地になるには今自分はちょっと心の窓が澄み切れていない、ということだ。
雑音とまでは言わないが仕事も含めてやらなければならないことが多すぎる。
そのうちまた100%ガーデニングに注力できるようになるだろうが、今、無の境地で出来ることと言ったらせいぜい草をむしることくらいである。。。
DSC_0114xppll3 (10)
しかしビュッフェには行く。
食べ放題にも行く。
精神を極度に集中させた状態で狙った料理を皿に盛る。
食欲の秋だもの。

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大阪 産業廃棄物収集運搬業許可 行政書士

園芸コラム | 23:10:57
ふたりの庭
今日は爽やかな風に心の隅々までが透き通るような秋日和。
自分の汚濁しきったハートは終日真っ黒いままだったが、庭に咲く萩の花は人を選ばず通るたびにサラサラと腕に触れてくる。

ところで、今日、ひょんなことからあるアンケート調査結果を目にした。
民間の調査会社がネット上で20~60代の3000人を相手に行ったガーデニングに関する意識調査である。
「あなたは花や緑が好きですか」という問いに53.5%の人が「好き」「とても好き」と答えていた。また、「現在花や緑のある生活をしている」と答えた人は44.0%いた。
家族構成別のガーデニング率の結果もあった。
3世代(親、子、孫)が同居している家庭では実に55%が花と緑のある生活を「している」と答えていたのだが、実はさらにその上を行く人たちがいて驚いた。
「自分とパートナーの二人暮らし」の人たちである。
この「自分とパートナーの二人暮らし」のガーデニング率はなんと56%で、おじいちゃんやおばあちゃんがいる3世代家庭よりも花と緑を楽しむ傾向にあるというのだ。
・・・まあ、うちもそうだし。(-_-;)
子供がいない(または別々に暮らしている)分自由があり、共同で何かをすることに楽しみを見出したい、というのも理由の一つだろう。

もうひとつ「え?」と思った結果が、住居形態別で見た結果だ。
戸建ての持ち家で今現在花と緑を楽しんでいる人が53%なのに対して、戸建ての賃貸(借家)でやっている人が33.8%もいたことだ。しかもこの人たちの実に30%が「以前はやっていた」と答えているから、いま借家に住んでいる人の6割もの人が現在ガーデニングをしているか、以前やっていた、ということになる。
この統計から導かれるのは、
「借家に住む人はガーデニングが好き!」
ということであろう。
そういえば一つ前の借家に住んでいた頃、隣に大学生の娘さんがいる3人家族が越してきて、うちに触発されたのかもともとやりたくてその家を借りたのか知らないが、旦那さんが盛大に家庭菜園をやり始めた。
あまりに気合が入りすぎていたのかその旦那さんが撒いた苦土石灰が塀の下からはみ出してうちの庭まで白くなったという。。
お前は水戸泉かっつーの。

そんな訳で、二人暮らしで借家を借りてこんな庭に宇宙を見ている自分らは、ある意味で「よくいるタイプ」なのかもしれない。
また、借家には庭がついていることも多いから、それがきっかけで園芸に目覚める人も多いのかもしれない。
って、まんま俺じゃん!

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園芸コラム | 22:30:39
出来るときにやれ。
昨日更新し忘れたけど土曜日は朝10時半から庭に出て頑張った。
金曜日に集めておいた剪定クズや雑草の山をゴミ袋に入れ、キュウリとスイカの苗を撤去し、お辞儀していたブルーベリーをシュロ縄で誘引しなおした。もちろん重ねて草むしりも。
午後になってきつい通り雨が降って庭が濡れた。
降る前にやるべきことを全部やっておいてよかったと思った。
半時間ほどで太陽が戻り庭が明るく照らされた。
アンゲロニアとハゲイトウを通路に植えた。
そんなこんなで土曜日は3時ごろまで庭にいた。

途中、電話が鳴った。泥だらけのグローブを脱いでスマホを取った。
以前うちに仕事を依頼してきた人だった。
途中まで話を進めて段取りを伝えて色んな案内をしてあげたのに、パタリと音沙汰がなくなった。去る者追わずで放っておいた。だから電話越しに名前を聞いても一瞬分からなかった。
そんな人が何用かと思ったら、今さらだとは思うが必要なものは全部そろえたので進めて欲しい、今日投函しますからという。
それはそれでいいが、ひとつ有効期限が決まっている書類がその中にあり、それが使えるのが19日までである。つまり19日までに終わらせなければいけない仕事である。
「いやあ自分はケツに火が付かないとダメなんですねえ」
とその人は勝手に反省した。
ケツに火が付いた人の仕事を請合うということは自分のケツにも火が付くということである。
要するにケツ火の延焼である。
ケツ火のバトンタッチである。
その瞬間からケツ火事で慌てることになるのは僕である。

とりあえず急いで郵送してくださいとだけ伝えて庭作業に戻った。
9月とはいえあなどれない暑さで、少しクラクラした。

今日は朝から電話が鳴った。
出た。
「この、木のポストに入れればいいですか?」
昨日電話してきたケツ火の顧客だった。
「今どこですか」
「庭にいます。」
人のブログタイトルをハキハキと答えた。
パジャマを着替えて庭に出た。
果たしてその人は門扉の前に立ってニコニコしていた。
初対面である。
「投函ってうちのポストにだったのですね」
「いや、そういう訳でもなかったんですが持ってきたほうが早いだろうと」
ポストのフタを開けると、どういう入れ方をしたのかレターパックがぐにゃりと曲がって入っていた。正面の口から強引に突っ込んだらしかった。
「上のフタ、空いたんですね」
「どうぞ、とりあえず中へ」

とまあ、そんな日曜朝の寝起きアポなし突撃面談で幕を開けた今日は、それ以外の急用の仕事もあり、それから8時までずっと仕事だった。。(-_-;)
昨日庭のことを全部やっておいて本当によかった。。
子供頃よく先生や親に「出来るときにやれ!」と言われたがあれはなるほど確かにそうだ。
午前中から始めていなかったら雨に先を越されていたろうし、明日でいいやと思っていたら顧客の予期せぬ来訪に調子を狂わされていただろう。
ここ最近は仕事が増えてきて園芸が出来ないことのほうが多いが、やれない時間が多くなればなるほど、やれるときの<機>を逃さぬようにしようと思った。

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大阪 産業廃棄物収集運搬業許可 行政書士

園芸コラム | 22:14:37
ハッピー
8月も半分を過ぎ、日本列島が鉄鍋に放り込まれたようなあの暑さもさすがに鳴りを潜め、いまはひっくり返ったセミの亡骸とコオロギの声に夏の終わりを静かに感じる。

といってもまだまだ暑いけどね!(>_<)

去年奥さんが植えたピラカンサ。

元気一杯腕を広げて、広げすぎて通路にはみ出してきて、トゲがあるもんだから壁際に誘引した。
真っ赤な実を期待していたがオレンジ色の実が成ることが分かって少し落胆したが、この大きさになるとオレンジでもきっと面白いことになるに違いないと思えてきた。いやむしろオレンジのほうが映えるんじゃないかと思ったり。先が楽しみである。

出張から帰ると大抵庭が荒れていてイライラムラムラするのだけど、今回は日曜日に頑張って綺麗にしておいたから大丈夫。

家に帰って庭がきれいだと気分も晴れるし、なによりもっと頑張ろうと思える。
自分で手入れしておいて言うのも変な話だが「俺は園芸が好きなんだな」と気付かされる。

荒れたままにするのが一番良くない。
庭を荒れたままにすると心も荒む気がする。
この夏は庭に出ることが即ち死を意味するような日も多かったから、枯れようと折れようと放置せざるを得ず、家に帰るたびに庭を眺めては溜息をつくことが多かった。
これでは何のための庭か分からない。
我が家は通路を抜けて内庭を抜けて玄関にたどり着く為、庭が荒れているとイヤでも目に付き、「~しなきゃね」「~がまた虫に食われている」「水切れだ」などとネガティブな寸評をしながら玄関のノブを回すことになる。
どうせなら「うちの庭最高」とニヤニヤしながら家に入りたい。
ハッピーな庭を通ってハッピーな気持ちで家に入りたい。
庭が荒れたり失敗が続くと愛情も半減する。
しかし園芸の場合、愛せなくなったら愛せるように自分で変えたり元に戻すことが出来る。
庭は自分で勝手に掃除してくれたり雑草を取り除いてはくれない。
愛せなくなったら自分でまた愛せるように<持っていく>。
その繰り返しである。

と、ちょっと本気でお手入れしただけで思った。
偉そうなこと言いながらこのマインドが持続するかどうかは 別 問 題! (-_-;)

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園芸コラム | 23:57:22
にわ直哉
もう8月。ちょっと涼しくなったと思ったら明日埼玉はまたもや37度の予報。
台風が一回転して暑さも戻った格好である。
相変わらず庭には出られずブログタイトルをそろそろ『庭にいます。』から『庭じゃないところにいます。』に変える時期に来てるのかもしれん・・・と、かすかな焦燥感に駆られている今日この頃。(-_-;)

このまえ志賀直哉の短編集を読んでいたら、「流行感冒」(はやりかぜ)という短編のなかに、直哉が植木屋を呼んで一緒に庭造りをする描写があった。
筋とは何の関係もないシーンなのだが、あのひょろっちい文豪が大汗かいて植木屋と一緒にこの木はあそこに、あれはここに、と自分でどの木をどこに植えるか逐一指示を出し、一日中庭に出て一緒に力仕事までした、と得意げに書いていたのにはビックリした。
今でこそガーデニングは女性がリードする趣味になっているが、かつては男がやる家の中の<仕事>であった。実際的な必要性(防風・目隠しなど)もありつつ、同時に、庭はステータスであり、その出来栄えは即ち自分の知性とセンスを体現するという側面もあったから、ダンディズムが生きていた時代の男たちが庭に情熱を傾けるのも当然であった。
志賀直哉は明治天皇が崩御したときに呑気にビリヤードを打っていたようなハイカラぶった鼻持ちならない作家(という印象)だったが、そんな彼でも植木屋と一緒に全身土だらけにしてスコップを振っていたと思うと好感度UPである。
それだけ庭には男の何かに火をつける魅力があるということだろう。

そう考えると現代の庭はずいぶん実際的になり趣味的な範囲で収まるようになった。
かくいう自分も庭にそこまでの意味を持たせようとは思っていない。
人が見て「あら~♪」と思ってくれ、かつ、自分が楽しければそれでいい。
しかし奥さんがなんとなく始めた家庭菜園なのに、気付けば今では夫のほうが夢中になって土の研究などしている・・・といった話もよく聞く。
おそらく「お前なんかより俺がやったほうが上手くいく」と勝手に思い込んでのめりこんでいくのだろう。
男の入り口はいつも妻の否定である。
うちだけの話かもしれないけど。(汗)

電車の冷房が寒すぎて何度も席を替えた。
わざわざ薄手の上着を持ち歩くのも面倒だ。
居酒屋の個室も寒かった。
くしゃみがよく出る。
やれやれ。。。

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産業廃棄物の許可が欲しい!

園芸コラム | 22:59:41
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まとめ