■プロフィール

yuhei

Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
「一般教養としてのロック史」管理人。興味のある方は覗いてみてください。ネットショップも地味に
コメ欄クローズ中ですので、現在お声はメールでお願いしております。
⇒ mail@brightside82.com

■最新記事
■カテゴリ
■カレンダー

08 | 2020/09 | 10
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -

■最新コメント

■最新トラックバック

■月別アーカイブ
■検索フォーム

■リンク
庭があって良かった。
うちの事務所も土曜日から連休に入った。
自粛下でもホームセンターは営業してくれているので野菜の苗と種を買って来て、庭に出た。
今年もトマト、なす、きゅうり、オクラ、枝豆、サトイモ、バジルなどを育てる。
とりあえずオクラと枝豆の種を撒いた。


一足先に植えていたジャガイモはすくすく育っている。

ところで、外になかなか出られないため、今年は家庭菜園を始める人が増える見込みと聞いた。
それもこれも、庭があればこそ、である。
マンションにはマンションの利点もある。庭のない家には代わりに収納が広いとかリビングが20畳あるとかカーポートがあるとか、3階建てだとか、他に自慢できる面があろう。
我が家は古い。カーポートもない。ウォークイン・クローゼットなんて見たこともない。
だが広い庭がある。
庭は自慢である。
土がある。
虫がいる。
新緑の葉がある。
木陰がある。
風が吹く。
火を起こせる。肉を焼く。畑のレタスをもぎってサンチュ代わりに焼いた肉に巻いて食える。
河原や公園に行く必要がない。
花をたくさん植えたので花が咲いている。
近所のバラ公園では毎年バラ祭りが開催されるが恐らく今年は中止だろう。
だが庭にバラが咲くからウッドデッキに座ってコーヒーを飲みながらバラも見られる。
数年かけてバラをたくさん植えたからである。
それなりに苦労した。
管理は大変である。

何が言いたいのかというと、前々から言っていることだが、これを機に日本人はもう一度庭のある家に戻ったらどうかと思う。
日本人は庭を捨てた。庭のある生活を捨てた。
昭和~平成初期の時代は「庭付き一戸建て」がサラリーマンの夢であり、ステータスシンボルだった。庭があることを「無駄」と誰も思わなかった。
自分の親は90年代前半に念願のマイホームを買った。典型的な建売住宅で、色違いで同じ形をした家が他に4棟並んでいた。全てにまあまあ広い庭とカーポートが付いていた。
今では「ビルトイン食洗器、ウォークイン・クローゼット、断熱材、太陽光パネル、3階建て」がステータスである。
太陽光パネル以外、全部家の中の設備である。
家の外のことなど眼中にない。
つまり庭や外構にこだわる人が少なくなっているということである。
特に庭に関しては、あってもなくてもどっちでもいいという感じではなかろか。
しかしこうしてステイホームを余儀なくされ、外出もままならない、公園にも行きにくいとなったとき、あってよかったと思うのはウォークイン・クローゼットではない。食洗器でもない。
空と、太陽の光と、風と、土の温度と、緑と、無数の小さな生き物たちである。
つまり<自然>だ。
自分だけの自然。
庭を持つと、<自然>を所有することが出来るのである。

散歩もいいだろう、公園でキャッチボールもいい。
しかし他人の目も距離感も気にせず、健康的かつ教育的に鬱々とした気分を和らげ、家族の時間を過ごせるのは庭である。
そんなこと言ったって庭のある家自体が売ってないのは百も承知である。
しかしそういう状況にしたのは我々今を生きる消費者である。
自分たちがそれでよしとしてしまったからこうなった。
それを喜んで買うようになったからこうなったのである。
かつては都市部だろうと田舎だろうと新築の家には小さいながらも庭がついていた。
今より人口が多く、しかもこれからどんどん増えるぞといわれていた時代で、である。
超高齢化社会、空き家増加、子供減少、人口減少の一途を辿るこれからの時代で、庭付き一戸建てが増やせない訳がないのに、どういうわけか一戸の古い庭付き住宅をつぶして、三戸のギチギチハウスを建てる、そんな商法をまかり通らせてしまった。
そうやって数を売って利益を得るハウスメーカーのやり方を許しているのは他でもない我々現役世代である。
そしてこの商法を止められるのも、我々である。
我々が自分の親たちのように庭を欲しがれば、日本人はまた花と緑に囲まれた生活を取り戻せると自分は信じている。

☆クリックしてもらえると励みになります☆
banner (47)

出来たらこっちもお願いします・・・。
にほんブログ村 花・園芸ブログへ







産業廃棄物 許可 行政書士

園芸コラム | 01:30:16
庭にいすぎる人。
奥さんが新しく買ったパッドでも読めるようにと「庭にいます」と検索してお気に入りにしれようとしたら、「庭にいます」というキーワードで面白いものも引っ掛かったと言った。
それは何かの相談箱で、「隣人が1日中庭でガーデニングをしていて嫌だ、どうしたらいいですか」という相談だったそうだ。同じような相談は他にもたくさんあって、それに結構な人数の人たちがアドバイスしてあげていたそうな。
隣人が1日中庭に出ていて家を出るときも帰宅するときも意識しなくちゃいけない。おまけに挨拶しても返してくれない。居間の窓からウロウロしているのがいつも見える。会話を聞かれていそうで落ち着かない・・・・
分かる。
と思わず頷いてしまった。
距離感とか他人への想像力とかが全くない隣人へのストレス。。。
密接した住宅街でそれをやられると確かに辛かろうと思う。
奥さんの印象に残ったアンサーはこういうものだったそうだ。
「自分も目隠しの木を植えてガーデニングをして、その隣人の庭や花を褒めてあげればどうか。ガーデナーは自分の庭を褒められると喜びます云々」
敵対視するのではなく、自分もガーデナーになっちゃえと。そして花友になっちゃえと。
なるほど、なかなか的を射たアドバイスだ。
それにしてもそんな四六時中庭に出ている人というのは一体どういう人であろうか。
と言ったら奥さんに
「あなたは『庭にいます』なんて言いながらいないからね」
とチクリとやられた。
それは言わない約束である。

自分も以前は休日は朝から晩まで庭に出ていたが、上の人のように毎日毎日朝から晩まで庭に出ているなんてことはない。
第一そんなにいたらすることがなくなる。
いくら庭造りはネバーエンドと言ったって毎日やっていたらどこかで満足する。
そのリミットがなくずーーーっと庭で手を動かしているというのは少し不気味である。
なんでも程ほどがいい。
そういうガーデナーだときっとどんなに花をキレイに咲かせていても誰にも何も言ってもらえまい。
なんか知んないけどむっちゃ咲いちゃいましたよテヘヘみたいなのが他人には丁度いいのだ。

今週も半分終わった。。☆
後半もゆるゆるっと頑張りましょう~。

☆ いつも応援ありがとうございます ☆
banner (56)

よければこっちもお願いします(ブログ村ランキング)
にほんブログ村 花・園芸ブログへ










産業廃棄物の許可が欲しい!

園芸コラム | 23:53:26
無計画の美学
昨日は群馬出張で、帰りに園芸店に寄って帰ってきた。
パンジー中心におなじみの冬苗たちをごっそり。

買っては植え、買っては植える。
『あなたのは<買っては植え園芸>。育ててない』
と奥さんに冷やかされようと知ったこっちゃない。
買いたいから買う!植えたいから植える!

確かに奥さんは育てる派だ。
急な出張で買ったまま植えるのを忘れ放置してしまった花がある。出張から戻るとカラッカラに乾いてお菓子の「プリッツ」みたいな枝だけになっている。どう見ても蘇生しない。するはずがないと思える。
そんなポット苗も奥さんは捨てずに水をやる。
自分が捨てようとすると怒る。
怒って上のようなセリフを吐く。
ごくたまに、そのプリッツみたいな苗がよみがえることがある。
そのときはそのときでまた鬼の首でも取ったように同じセリフを浴びせてくる。
植物というのはこうやって愛でるものだと言わんばかりに。
それは正論である。
ダムに落ちたイノシシだって助かるなら助けてやるがいい。
しかし1週間40度近い庭に放置されてトマトプリッツになった苗を生き返ると信じるほどのキャパが自分にはない。
奥さんの母(義母)も全く同じである。
奥さんの実家の庭には土と雑草しか見えない鉢や発泡スチロールがいくつも並んでいる。
しかし義母にとってそれは土と雑草を育てている鉢ではない。
「かつて何かが植わっていた鉢」なのである。
鉢は色あせヒビも入り、自分には「土と雑草の鉢」になって2万年以上経過しているように見えるが、義母は「未来」を信じている。
その調子で義母は実生からシクラメンを咲かせたり、スーパーで買って来た果物の種を撒いて実を成らしたりしている。
そういうのに比べると自分はずいぶん即物的な人間である。
しかしそんな自分でも、とっくに行方知れずになったと思っていたシュウメイギクがひょっこり出てきたりすれば嬉しい。

既に咲いている花を植えるのとはまた違う次元の楽しさ、喜びを感じる。
目立たぬ場所で健気に毎年芽生えては咲き、無言で枯れてゆく花に元気付けられたり癒されたり、そういう感性くらいはちゃんと備えている。つもりだ。
そういう「ありのまま」の自然のサイクルを楽しみつつ、一方で安苗1年草でインスタントに「色」や「華やかさ」も楽しむ。
自分はそういうスタイルの庭にしたいのである。

これなんかまさにそうだ。

この状態を見ると自分という人間がよくわかる。
サフランは球根だから前からここに埋められていた。なのにここにマリゴが咲いているということは、サフランが植わっていることを忘れてスコップで地面をガンガンほじくってマリゴを植えた馬鹿がいるということだ。
ああ俺だ。
にもかかわらずマリゴの間から狭苦しそうに頭を出して咲いているサフランとマリゴのこのコントラストの奇跡感!
狙ってないからこその偶然による競演。無計画の美学。
こういうのが大好き。これこそ自然界に近い。

「ダメだこりゃ」(妻) (-_-;)

☆クリックしてもらえると励みになります☆
banner (47)

よければこっちもお願いします(ブログ村ランキング)
にほんブログ村 花・園芸ブログへ


園芸コラム | 21:33:09
三昧
3連休は色々やらなければならないことがありゆっくりガーデニングという訳には行かなかったが、今日は少しだけ庭に出た。

大根の種を撒きたかったが結局買いに行けず草むしり。(-_-;)
種くらいすぐ買ってくればいいのだが、なんかこう、今は100%ガーデニングに注力する!というモードではないので足が向かない。
仏教用語に<三昧の境地>というのがある。
瞑想により精神集中が極点に達した状態のことである。
サンスクリット語の「サマーディ」の音写「三昧 さんまい」が濁って「ざんまい」になった。
「ざんまい」という言葉は現代では「『しゃぶ葉』でしゃぶしゃぶざんまい」とか「ビュッフェでスィーツざんまい」とか言ったりするように、ハピハピな状態、快楽に埋没した状態を表すようになっている。
「三昧」には意訳として「心を一処に定めて動くことがない」という意味も含まれているから、別に極度に精神を集中させてビュッフェに臨む主婦がいることを思えば現代用法があながち間違っているとはいえない。
何が言いたいかというと、ガーデニング「三昧」の境地になるには今自分はちょっと心の窓が澄み切れていない、ということだ。
雑音とまでは言わないが仕事も含めてやらなければならないことが多すぎる。
そのうちまた100%ガーデニングに注力できるようになるだろうが、今、無の境地で出来ることと言ったらせいぜい草をむしることくらいである。。。
DSC_0114xppll3 (10)
しかしビュッフェには行く。
食べ放題にも行く。
精神を極度に集中させた状態で狙った料理を皿に盛る。
食欲の秋だもの。

☆クリックしてもらえると励みになります☆
banner (47)

よければこっちもお願いします(ブログ村ランキング)
にほんブログ村 花・園芸ブログへ










大阪 産業廃棄物収集運搬業許可 行政書士

園芸コラム | 23:10:57
ふたりの庭
今日は爽やかな風に心の隅々までが透き通るような秋日和。
自分の汚濁しきったハートは終日真っ黒いままだったが、庭に咲く萩の花は人を選ばず通るたびにサラサラと腕に触れてくる。

ところで、今日、ひょんなことからあるアンケート調査結果を目にした。
民間の調査会社がネット上で20~60代の3000人を相手に行ったガーデニングに関する意識調査である。
「あなたは花や緑が好きですか」という問いに53.5%の人が「好き」「とても好き」と答えていた。また、「現在花や緑のある生活をしている」と答えた人は44.0%いた。
家族構成別のガーデニング率の結果もあった。
3世代(親、子、孫)が同居している家庭では実に55%が花と緑のある生活を「している」と答えていたのだが、実はさらにその上を行く人たちがいて驚いた。
「自分とパートナーの二人暮らし」の人たちである。
この「自分とパートナーの二人暮らし」のガーデニング率はなんと56%で、おじいちゃんやおばあちゃんがいる3世代家庭よりも花と緑を楽しむ傾向にあるというのだ。
・・・まあ、うちもそうだし。(-_-;)
子供がいない(または別々に暮らしている)分自由があり、共同で何かをすることに楽しみを見出したい、というのも理由の一つだろう。

もうひとつ「え?」と思った結果が、住居形態別で見た結果だ。
戸建ての持ち家で今現在花と緑を楽しんでいる人が53%なのに対して、戸建ての賃貸(借家)でやっている人が33.8%もいたことだ。しかもこの人たちの実に30%が「以前はやっていた」と答えているから、いま借家に住んでいる人の6割もの人が現在ガーデニングをしているか、以前やっていた、ということになる。
この統計から導かれるのは、
「借家に住む人はガーデニングが好き!」
ということであろう。
そういえば一つ前の借家に住んでいた頃、隣に大学生の娘さんがいる3人家族が越してきて、うちに触発されたのかもともとやりたくてその家を借りたのか知らないが、旦那さんが盛大に家庭菜園をやり始めた。
あまりに気合が入りすぎていたのかその旦那さんが撒いた苦土石灰が塀の下からはみ出してうちの庭まで白くなったという。。
お前は水戸泉かっつーの。

そんな訳で、二人暮らしで借家を借りてこんな庭に宇宙を見ている自分らは、ある意味で「よくいるタイプ」なのかもしれない。
また、借家には庭がついていることも多いから、それがきっかけで園芸に目覚める人も多いのかもしれない。
って、まんま俺じゃん!

☆クリックしてもらえると励みになります☆
banner (47)

よければこっちもお願いします(ブログ村ランキング)
にほんブログ村 花・園芸ブログへ






園芸コラム | 22:30:39
次のページ