花の国

梅雨が明けてちょっとだけ猛烈に暑くなって、また梅雨に戻ったような天気だからあまり季節が進んでいるという感じがしないが、それでもやっぱり進んでいて、スーパーに行ったら白菜は売ってるし、ブティックに行けばもう半袖シャツは売ってないし、「趣味の園芸」ではパンジーの種まきしてるし・・・気づけばもう秋の入り口に立っている。


海水浴で使った浮き輪、ずっとそのまま玄関に置きっぱなしだったので水で洗い流して干した。

顔にはねた水のしょっぱさが、夏の終わりを告げていた。
また一年後。

春に作ったリースも訳わからん状態になっちゃって。

リース内ジャングル。
プレクトランサス、短く刈り込まなきゃダメだね。

夕方は1ヶ月半ぶりくらいに駐車場で手洗い洗車して、真夏の連続出張でまとった汚れをきれいさっぱり落としてきた。

完全に車生活である。
車で移動し、車で仕事し、車で寝て、車で食べ、車で音楽を聴く。夫婦の会話も、仕事の確認事項からプライベートの相談事、超大事な「うちの庭これからどうするよ」まで、全夫婦の会話の半分くらいが、車内でされる。
まず奥さんがクルマ大好き女子で、疲れていてもハンドルを握ると元気になるようなひとである。
僕は「運転は苦ではない」という程度で車にもぜんぜん詳しくないが、もう乗りすぎて肉体の一部みたいになっているので、好きも嫌いもヘッタクレもないという感じ。
ただ、ずっとMTなのでオートマは逆に乗れないという。。。(-_-;)
中部~関西への出張が多いので、新東名、伊勢湾岸自動車道は年に10往復はする。去年は仕事で福岡、長崎、熊本、佐賀を車で回った。
いろんな街の景色を見て、いろんな土地、いろんな地形、いろんな庭、いろんな植え込み、いろんな園芸店を見てきた。これからも見る。
そんな出張生活のなかでつくづく思うのが、<日本は世界屈指の園芸大国>ということだ。
この国は海と川と山と花で出来ている。
庭が減っているとはいえ、どんな細い路地にもプランターが並び、地方の人家では庭木が植えられ、花壇がある。この前の「ルドベキア寺」ではないが、神社仏閣にも花があり、庭があり、森がある。高速道路のSAに行けば必ず正面付近にプランターにわっさーと花が飾られている。
家でも店でも公共の施設でも、緑や花がないとなんか落ち着かない民族なのである。

そういう日本と日本人は好き。

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2017.08.20 | | 園芸コラム

園芸×カフェ

園芸もファッションであるから、「流行」がある。花の種類の流行、色の流行、飾り方の流行・・・。70年代にはゼラニウムが爆発的にヒットして、マンションのベランダにゼラニウムをドカンと咲かせるのが奥様たちの憧れだった。90年代後半になると宿根草に注目が集まり、「ナチュラルガーデン」の時代が来た。00年代には多肉植物やエアープランツといったそれまで見向きもされなかった植物が若い人たちにも受け入れられて、1ジャンルを築くまでになった。
これからも見たことも聞いたこともないような珍種が紹介されてヒットするだろうし、今となっては憧れでもなんでもなくなった花がリバイバルすることもあるかもしれない。
楽しみは尽きない。
しかし一方で、単に「新しい花」「新しいジャンル」で新たなトレンドを作る、という方法論は少し古くなってきているのかな、とも最近思う。
少し前にも書いたが、いま、「カフェ」と他業種がコラボレートしてこれまでになかった憩いの空間を演出するという試みがいたる所で行われ、成功している。スタバとツタヤがタッグを組んだ「ブックカフェ」が代表的なものだが、そのほかにも雑貨店とカフェが一緒になっていたり、表参道には「文房具カフェ」なんてものもある。うちの近所のヘアサロンは2年ほど前から店の前にかわいいコーヒーカーを置いて道行く人の視線を集めている。また、ちょっと違うがオタクたちの間ではアニメの世界にちなんだ軽食を出す「コラボカフェ」なんてものまである。
もちろん、園芸もご多聞に漏れず、先日紹介した千葉の稲毛のある園芸店では、「プランツ」×「カフェ」を実践していた。
もっとも、本来カフェ的空間と親和性が高いはずの園芸店でそれを実行しているお店はまだ少数である。「カフェコーナーもあります」「2階はカフェになってます」というお店はちらほらあるが、あくまで花苗売り場とは区分けされていて、上述したようなブックカフェや雑貨カフェとは微妙に違う。
一連のコラボカフェの「考え方」の基本にあるのは「時間の提供」である。
これもいいでしょ?あれもいいでしょ?買うの?買わないの?という押し売り形の「商品の提供」ではなく、そこで何をするのかを客の自由にゆだねる、「客本位」の鷹揚さである。だから店舗設計も、入りやすい間口の、オープンな形をとっている場合が多い。
で、話を園芸に戻すと、外国の新しい花やプランツを持ってきて園芸人口を開拓するのも大事だが、「いま、人々はどういう風に「新しい自分」を発見しているのか?」ということを考えるのも大事なのではないかと思う。
つまり、園芸に関心のない人たちにどのように「きっかけ」を与えるのか。
そして、これからの「ガーデニング」はどういう風に変化してゆくのか。

下の画像は5月に二子玉川で目にした光景である。

見れば分ると思うが、ここに来ている人たちは別に園芸愛好家でもなんでもない(と思われる)人たちで、休日の午後を家族や友人と楽しく過ごすために来ている。
周囲は緑に飾られ、頭上にはたくさんのハンギングバスケットが吊るされている。

こういう場所が存在し、そしてそこに市民がたくさん集まって憩いの時間を過ごしていることに僕は驚いた。
ここも確か有料のスペースで、みんな併設のワゴンで売っているドリンクや軽食を買って食べていた。
「ガーデニングカフェ」と銘打っていたわけではないが、きわめてそれに近い空間演出がなされている。

もっとも、僕は別に全ての園芸店はカフェもやるべし!などと言いたいわけではない。というか無理して園芸店にカフェなんかくっつける必要はないと思っている。
重要なのは「カフェ」ではないのだ。ましてやコーヒーの味でもない。
コラボカフェのやっている「カフェ」とは「カフェ的空間」つまり「自由な感じの空間」という程度の意味だと思っている。
大事なのは、いかに若い人たちを園芸ワールドに引きずり込むか、ということである。
その方法として、真新しい苗を花キューピッドや既存の園芸店に放り込むやり方はあまり意味がないんじゃないかと思うのである。
園芸店に来るのは僕たちのような「ガーデナー」であり、ずばり言うと購買層もシニア世代が中心である。
今のシニアは元気いっぱいだから疲れて庭に出なくなるのはあともう20年くらい先の話だろうが、その「庭」がこの国から減りつつあるというのが問題なのだ。それはひとえに若年層が「植物と暮らすこと」より「いかに収納スペースを確保するか」に重きを置いているからに他ならない。
子育て世代が一向に庭に価値を見出さないからハウスメーカーは「それなら」と、古い一軒家を潰してそこに狭小3階建てを2棟3棟建てるという商法をやめない。やめる理由がない。それで単価が安くなりゃまだ救いもあるが、さいたまクラスの地方都市だと新築は3、4千万~は当たり前である。
こんな馬鹿な話はない。

園芸カフェが増えれば誰もが庭を欲しくなる!などという単純な話でないのは分っているが、「植物と一般ピープルの距離を縮ませる」という点に置いては、可能性を感じてしまうのだ。
こういうのをプロレス用語で「対世間」(たいせけん)という。(別にプロレス用語でいわなくてもいいんだけど)
プロレスに関心のない(むしろ嫌悪している)一般ピープルをどう取り込むか、レスラーたちは日々頭をひねらせている。
消費者がいま「ただ買う」ことに価値や楽しみを見出さなくなっているのなら、園芸界も「ただ売る」「ただ飾る」では通用しないし、既にベテランの域に入っているシニア層にだけ「園芸の面白さ」をアピールしても意味がない。
多肉や観葉植物は庭がなくても楽しめるから若い人にも親しみを覚えられたのだろうが、これからは「庭がなくても」の枕詞は捨てて、「庭があると!」の時代に変える。

そこでコーヒーを飲んでいると自然とそういう考えになっちゃうような、そんな園芸カフェがあったらなと思う。

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2017.08.08 | | 園芸コラム

園芸界のドリー

見たこともないでかい植物が庭に出現した。

これなんだっけ???

雑草ではないのは確かなんだよな。。自分で植えた記憶があるから。
でも何を植えたのか思い出せない。

思い出せないまま、謎の植物がどこまでデカくなるのか見守らねばならないというスリル。

「あなたは園芸界のドリー」
と、このあいだ奥さんに言われた。
そのとき奥さんはひどく怒っていた。
というのも、僕が花壇の掃除をして、どうやら大事にしていた「ラナンキュラス・ラックス」を「なきもの」にしてしまった疑いが出てきたからだ。
ラナンキュラス・ラックスはツルバラの下の花壇に植えてあった宿根草である。
確かこの辺にあったはずだが・・・ない。跡形もない。
「捨てたの!?」と奥さんが顔を青くして叫んだ。

「いや。宿根草だから地上部だけ枯れて、見えないだけじゃね?」
「でもなんか新しく植えてるじゃん!そこってラックスがあったところじゃないの!?」
「ううむ・・・・・」
過去画像で確認してみよう(ドキドキ)。。。


すごい微妙。。。。
確かに花壇の雑草をきれいにして、空いている場所にゼラニウムを植えた。
しかしその時にラナンキュラスの球根も堀り上げて捨ててしまったのかどうか・・・。
「地上部に何かしら出てたはずなのに、雑草と一緒にむしっちゃったんでしょ。それで何もないと思って掘り返して、球根も捨てちゃったに違いないわ!」
「覚えてない」
「なんで覚えてないの?それが問題なのよ!今日からあなたを『園芸界のドリー』と呼ばせてもらうわ!」

「ドリー」とは、ディズニー映画「ファインディング・ニモ」に出てくる物忘れの激しすぎる魚さんのことである。1秒前の会話も覚えておらず何度も同じことを訊き返したりする天然キャラだ。
そこまでじゃない!と言いたいところだがあんなに可愛がっていたラックスを堀り上げてしまった「かもしれない」などというのは、よほど注意力が足りないか、そもそも花のことなど気に留めていないかのどちらかであろう。しかも自分でやったことを覚えていないのだからドリーと言われても仕方がない。
花壇の雑草をむしっているとき、そこにラックスがあったことを忘れていたのは確かだ。
時々、目に見えるものしか認識しない脳みそになっているときがあるようで、「そこにないものは本来あるべきなのに理由があってない」ということに思いが及ばず、「ないものはない」で処理してしまう。
そうやって過去に一体何株の宿根草を捨て去ってきたのだろう、そして自分で消し去っておきながら何度「結局最初の年しか出なかった」「うちでは根付かない」と書いてきただろう・・・・
そう思うとさすがの僕も暗澹たる気持ちになった。
とにかく来年、何事もなかったように発芽してくれるのを願うのみだ。

ちなみに「ファインディング・ニモ」の続編が「ファインディング・ドリー」で、どっちもとっても面白い。

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解体工事 登録 行政書士

2017.08.07 | | 園芸コラム

「飾る」ということ。

飾るの大好き。

壁と見るや何かを飾りたくなる。

自分の好きなものを好きなように好きなだけ飾りたい。
壁は「自分」をPRするでっかい自己紹介カードのようなものである。
私はこういうものが好きです!私はこういうセンスの持ち主です!とアピールする自由記載欄。
壁に飾れない「自分」はない。

飾るのは楽しい。
飾るから楽しい。

「置く」のは処理だが、「飾る」のは表現である。

「置いてあるように飾る」のは
技(わざ)である。
たいへん難しい。
でも、
その難しさを下手なりに楽しむからこそ
趣味というのは美しいのである。

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産業廃棄物の許可 行政書士

2017.07.27 | | 園芸コラム

のびしろ日本一

静かに暑い午後3時、郵便を出すついでに銀行へ行き、少し買い物もして、通路を上がり、倒れこむように玄関に。
荷物を置き、ほんの2分、クーラーの下で休んでから汗かきついでに庭に出た。
野菜を収穫するのと、水をやる為だ。

熱中症対策のためにはこまめに休息しながら、のほうがいいのかもしれないが、一度クーラー様の恩恵にあずかってカラダを冷やしてしまうと、もう一度「戦闘モード」へ自分を高めるのはなかなか難しい。
蚊に刺されたくないので半袖のYシャツの上から長袖をまとい、作業用のチノパンを履いてのプチ作業。かなり暑いが、蚊に刺されるよりはマシ。(それでも顔面を刺されまくったけど)
とりあえず獲れ頃の野菜を収穫。

きゅうりがハイペースで出来る。。。
奥さんが頻繁にぬか漬けにしてくれているが当然、それだけでは食べきれない。今日は冷やし中華で消費しました。タマゴ3:ハム2:きゅうり5の冷やし中華で!
それから伸びたトマトの脇芽かき&誘引をして、水やり。

不思議なことに庭の中で体を動かしていると暑さが苦じゃなくなってくる。
街中だと日陰に突っ立って信号待ちをしているだけでも耐え難い感じがするのに、庭の中だと重たいジョーロを持ってあちこち歩き回ったり、アクロバティックな姿勢でオクラの葉を掻き分けて実をハサミで切ったりしていても、「耐え難い」なんて思わない。庭の外と内での、己の精神状態の差だろうか。
しんどいなと思っても、思い出したように時たま庭木を揺らす風を見上げているうちに、しんどさを忘れている。
心地よさが、疲れに勝つ感じ。
もっとも、水分補給だけはマメにするようにはしている。
カンカン照りの酷暑の中、数時間ぶっ続けで園芸するときは、二時間に一回くらいのペースでウッドデッキに腰掛けて10分ほど冷たい飲み物を飲みながら畑を眺める。

今日は40分ほどで切り上げた。急ぎの仕事もあったので。

ちょっと庭に出ただけで気になること、「こうしたほうがいい」と思うことがバンバン出てくる。
関係ないけどこの前水戸に行った時、茨城県の県の広報ポスターに
「のびしろ 日本一」
と書いてあった。
震えた。
物は言いようとはこのことだが、そんなツッコミさえ百も承知で高々と宣言している感さえあった。
その「茨城マインド」でわが庭を見回すと、もうワクワクしか感じない。のびしろしか見えない。
足りない、出来ない、なってない。
大いに結構。

「のびしろ」のない庭なんてつまらないからね。
庭は無限大であるがゆえに、庭づくりも終わりなき夢。
終わりなき幸福。

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行政書士 産業廃棄物 許可

2017.07.13 | | 園芸コラム

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yuhei

Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
「一般教養としてのロック史」管理人。興味のある方は覗いてみてください。ネットショップも地味に
コメ欄クローズ中ですので、現在お声はメールでお願いしております。
⇒ mail@brightside82.com

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