日本にフェミニズムが根付かない理由

女はいつだって
一人じゃ眠れない(恋が邪魔をしているよ)
感情が動いて眠れない(胸のどこかが叫んでる)
寂しくなんか ないないない
誰かといたい

いきなり何だと思われたかもしれないが、乃木坂46というアイドルグループの「女はひとりじゃ眠れない」という歌の歌詞である。
この歌は今夏、アメコミ原作の大作映画「ワンダーウーマン」の日本版イメージソングに使用されることが決まった。しかしそのあまりにも映画の内容とかけ離れたタイトルから疑問の声が上がっている。
「ワンダーウーマン」は、スーパーパワーを身につけたヒロインが、剣を持って飛んだり跳ねたり吹っ飛ばされたりしながら世界を救う、アメコミ界でも数少ない女性ヒーロー。映画情報番組で毎週のように予告編を観ているうちにウチの奥さんも「カッコイイ!」とすっかり興味津々。
この映画、監督も女性で、アメリカでは女性監督の歴代興行収入1位をマークした。
さらに主演のガル・ガドットは妊娠中にもかかわらず映画の撮影に挑み、5ヶ月の頃には大きくなったお腹をCGで隠せるようにお腹にグリーンスクリーンを巻いて演技したという。
まさにワンダーな女性たちが作った映画といえよう。
そんな「タフな女」の映画に乃木坂である。
乃木坂の起用は監督の希望だったらしいが、多分、どんな歌を歌っているグループなのかよく分からず、性別だけで決めちゃったのだろう。まだ「モモクロ」のほうがふさわしい気がするが、とにかく乃木坂の歌う「一人じゃ眠れない弱い女」の歌が日本版のイメージソングになった。

前々から言っているとおり、僕は日本のアイドルが嫌いである。アイドルを応援している男も嫌いである。
男に媚びる女が嫌いである。男なしでは生きていけない女が嫌いである。
男もしくは男社会に依存しているくせに自分は自立していると思い込んでいる小池百合子のような勘違い女はもっと嫌いである。
この国にはフェミニズムが根付かないので、当然ながらフェミニストもいない。
フェミニズムが根付かないのはこの国の女性たちがそれを受け入れなかったからである。
なぜ受け入れなかったかと言えば、出てくるフェミニストのことごとくが下品で粗野でジコチュウだったからである。上野千鶴子だ田島陽子だ福島瑞穂だ辻本だのの言動を見聞きして、憧れる女よりも残念に思う女のほうが多かったのである。
言っちゃ悪いが日本の名のあるフェミニストは容姿もファッションも教養もユーモアのセンスも政治家としての器量も、「高い」とは言いがたい。人並み以上なのは面の皮の厚さくらいである。
そんな人たちがフェミニストの代表みたいな顔でテレビや雑誌にバンバン出たものだから、わが国では「フェミニスト」とは「ブス」「下品なブス」「左翼のブス」「ブサヨ」と同義語みたいになってしまい、男性はもちろん、同じ女性たち(特に若い女性)さえも興味を示さなくなってしまった。
カレシの前で「だから男は」なんて言おうもんなら男に「田島陽子みたいだな」と思われて破局スイッチが入るかもしれない。そんなリスクを冒すくらいなら彼の言うまま素直に従っていよう。
つまり日本では皮肉なことにフェミニストを自認する女たちによって、フェミニズムは枯らされてしまったのである。
僕はこれでも大学時代「女性学」(男性の視点にとらわれた既存の学問のあり方を批判し、女性の視点から問い直す研究)の講義をとっていた。男で受講しているのは僕だけだったが、意外にも女子の姿も少なかった。
もう女性が社会の中でどう生きるかなんてことに、男だけでなく女も関心がないのだな、と思った。(ある意味その「発見」が「女性学」の講義で得た一番の収穫であった)
海外では「フェミニズム」なんて言葉はもう死語に近いほど女性の精神的・経済的自立は進んでおり、女性は言いたいことをいい、やりたいことをやり、男を罵って大活躍している。
ヒラリーやメルケル、レディー・ガガやアンジーを引っ張って来るまでもなく、随分前から欧米では政治でも文化でもオピニオン・リーダーは女性である。
最近一番痛快だったのはテイラー・スウィフトの発言だ。
元カレとのなれそめを歌の題材にするのが得意なテイラーだが、それが「卑劣」だの「プライバシーの侵害」だのと一時叩かれた。そのときに彼女は
「エド・シーランやブルーノ・マーズが過去や今の恋人、ラブライフについて曲をかいても誰も何も言わないし、誰も彼らを非難しない。これって差別だわ」
とやり返した。
男がやると「アート」、女がやると「下世話」・・・確かに差別である。
ビヨンセは女子が学校などで積極的に前に出ると男子からBossy(威張り屋、仕切り屋)とイヤミを言われることに怒ってSNS上で男女差別反対の運動を展開した。
男子なら同じことをしても「リーダー気質」と言われるのに女子だと「出しゃばり」。
ビヨンセは言った。
「私はBossyなんじゃないの。私がボスなの」
こういう女性たちが日本のフェミニズムの旗振り役になっていたら、だいぶ話は違っていたかもしれない。
もっとも、アメリカでも男女間でギャラにかなり格差があることや、女が主演の映画より男が主演の映画のほうがずっと多いことなどが問題視されている。
そう言うことが問題視されること自体が、進んでいることの証拠なのだけど。。。
(日本なんか女の映画監督自体数えるほどしかいないという有様)

ま、とにかく・・・男に向かってギャーギャーわめく自分を見せることで「闘っている」アピールするのではなく、クールに、シンプルに、ファッショナブルに、ビューティフルに、男をギャフン!と言わせる。
そんな女性が今、日本以外の国で支持を集めているのは確かである。
日本の男はまだまだ「男なしじゃ寝られなーい!」と叫んでくれるダッチワイフが必要で、女は女で、権力を持った男にすり寄ってポストをあてがってもらってきた、女の風上にも置けない妖怪を「女性初の総理大臣にふさわしいわ!」などと妄信している始末。
つくづく幼稚な国である。
しかもこの国では女も男と一緒になって女を叩く。
化粧が濃い、格好が派手すぎる、店長に逆らうな、新人だからあなたがお茶を入れてね、子供は産まないのか、また子供を理由に早退するのか、不倫はけしからん、節度がないのか、あーこわいこわい最近の若い人は。

日本では「女の自由」を女が殺す。

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2017.08.05 | | 時事問題

好きに愛し合え

元SPEEDの今井絵里子議員がどこかの市議会議員の男と新幹線の中で手をつなぎながらクークー寝ているところをスクープされた。
「いい写真ね」
と奥さんがテレビを見ながら言った。画面にはちょうど件の写真が映っている。
「私が本人だったらフレームに入れて飾りたいかもー」
確かにそう言われてみると隠し撮りしたにしてはいい写真である。
仲睦まじい様子が伝わってくる。
しかし世間はそう思っていない。ワイドショーからネットのコメント欄まで、「今井は政治家の資質なし」「脇が甘い」挙句の果てには「この記事を見る子供のこと考えてない」だって。
余計なお世話もいいとこである。
僕にはこれの何がそんなに問題なのか分らない。
不倫というのは「倫(りん)にあらず」と書く。
「倫」(りん)とはすなわち<人の守るべき道理や筋道>のことである。
筋道に合わないことをすることを「不倫」と言う。
相手の市議は数年前から妻との夫婦関係は破綻しており、一緒に暮らしてもいない。おまけに離婚調停中とあれば、これはほぼ「独身」とみていい。厳密に言えばまだ既婚者だが、だからなんだ?
好きに愛し合えばいい。
大人の恋である。他人が口出しすることじゃない。
ましてや説教なんて野暮もいいところである。
議員としての「資格」がどうのとよく聞くが、少なくとも新聞・テレビ・週刊誌には他人に対して「筋道」がどうのなどと説教できる「資格」はない。
筋を曲げたり折ったりして日和見街道を走りぬけ、都合が悪けりゃ頬っかむり。
それがマスコミというものである。
アッコだタケシだヒトシだ芸能人のコメンテーターだって、日和見でご都合主義なのは同じ。
どこかの「サムライ」が闘病中の妻をよそにニューヨークで不倫してたって「ケンさんだから」で終わり。ベッキーより今井よりずっと悪質だと思うのは僕だけではないと思うが、芸能界のルールだかなんだか知らないが一般人には分らない何かの「パワー」によって守られる人間と徹底的に叩き潰される人間が生まれる。きたねえ世界だ。
かように、彼らには人を計る倫理観自体が備わっていないのだから、アヒルがガーガー言っているのと同じである。
大体、不倫だ不倫だと騒ぐが、一体何十年前の貞操観念で生きてるんだ?と思う。
自分自身、ろくに節度など持ち合わせていないくせに、人がコケたときだけ物知り顔で「おやおやまあまあ」と言いたいだけのヒマ人がこの国には多すぎる。

本当に叩くべきは男女の不倫などではない。
不倫など所詮ただの色恋沙汰である。
本当に憎むべきは平気な顔で卑劣な言動をする政治家である。
二重国籍がバレたらレイシズムだのヘイトスピーチだのを持ち出して人権問題に摩り替えようとしたり、どこかの大阪府知事が部落出身だと週刊朝日に暴露された時は「すこぶる面白い」などと言ってたくせに自分の党の党首が国籍問題で追い詰められると「人権侵害だ」と怒ったり、他党の議員が質問しようとしているところへ不意打ちに問責決議案を出して他人の質問権を奪ったり、
国会答弁の最中に質問者のうしろでいかにも馬鹿にしたようにニヤニヤしたり・・・。
自分には知名度以外何もないくせに都政に貢献した前任者を悪者に仕立て上げ、自分を救世主に見せるためだけに膨大な時間と税金を使い、結果的に自分が悪者に仕立て上げた人たちと同じ結論にたどり着いても謝罪も反省もしない。
こういう連中こそまさに人の守るべき筋道から外れた<腐れ外道>というものではないだろうか。
政治家として恥ずべき行為であり、それこそ有権者を馬鹿にした行為である。
それに比べたら1年生議員が離婚調停中の男と「エッチつなぎ」で手をつないで新幹線で寝ていたから何だってんだ。
少なくとも今井絵里子は先日の閉会中審査の時、青山繁治議員の質問をうしろでメモをとりながら真剣に聞いていた。落ち着きなく後の席のレンホウに話しかけたり席を立ったりして学級崩壊クラスの小学生みたいだった民進党の福山哲郎とはえらい違いだった。
性根の腐った人間は素振りですぐそれと分る。

今日は一日雨で園芸出来なかった。
いま、庭が荒れ放題。
ふぅー。

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2017.07.30 | | 時事問題

海に戻る。

若者の海離れが進んでいるそうだ。
「レジャー白書」によると、平成19年には2040万人いた海水浴人口が、平成27年には760万人にまで減少している。たった10年で「海行きたい」と思う人が半分以下にまで減った計算だ。
海水浴場もここ10年で10箇所も閉鎖されている。
いまの10代の若者にアンケートをとっても、42.5%が「海に親しみを感じない」と答えている。
ちなみに50~60代では「海にとても親しみを感じる」が40%。
明らかなジェネレーションギャップが見て取れる。

しかしこれは現代の若者が「海を嫌いになった」ということではないと僕は思う。
僕自身は海の近くで生まれ育ったので、山よりは海のほうが親しみを感じるが、親しみを感じてはいても10~20代の頃は「海水浴なんか誰が行くか」とずっと思っていた。
夏に勢い込んで海に行くなんてのはチャラついたウェイウェイ族か筋肉見せたがりのモテないナルシストのすることで、股間と脳みそが逆についているような連中と一緒になってゴミだらけの砂浜で、にごった海水に浸かるなんて真っ平ゴメンだと思っていた。
また子供の頃の記憶から、海水浴の「面倒くささ」もよく知っていた。
浮き輪だの空気入れだのパラソルだの重たい荷物を持って、田舎地主が臨時で営業している一日数百円の私営駐車場に車を停め、そこから歩いて浜に出て、場所取りをしてシートを広げて・・・・泳ぐ前にもう疲れている。
海の家は海の家で、「安心」とか「安全」とか「清潔感」といった言葉を知らない人間が経営しているのでどこも汚く、設備は古く、そのくせボッタクリ一歩手前の料金だったりして、帰りの車中、母親がブーブー文句を言っていたのを今でも覚えている。
これらの負のイメージ、負の記憶が合わさって、長いこと僕を海から遠ざけていたのだった。
今の10代の子たちの中にも、似たり寄ったりの経験から海水浴を忌避するようになった人も多いのではないかと思う。
要するに海そのものが嫌いなのではなく、海に付随する諸々のイメージや面倒、経験則から、「海なんかヤダ」と思うようになっていった人も多いのではないかということだ。
また、海に行きたくない理由としてよく耳にするのが「日に焼けたくない」というものだが、これは詭弁であろう。
なぜならそんな美白妄信女子でもバリ島には行きたがるからである。
タヒチやモルディブに行きたがる。
行くとなったら数ヶ月前からシェイプアップして脱毛をし、ビキニを新調し、100%太陽に自分をささげようとするだろう。
だから正しく言えば、若者の海離れは、「日本の夏の海離れ」なのである。ステータスになるような海外の有名ビーチならいい。
そう言うわけで、個人的にはそんな「日本の海はNO」の原因を作ったのは、やっぱり「古くて汚ったない海の家」なのかなと思ってしまう。
日本人の衛生観念はどんどん高くなって、今ではほとんど潔癖と言ってもいいほどだ。
そんな時代にあって、更衣室は狭くてボロボロ、シャワーは行列、トイレは地獄・・・そんな昭和40年代から何も変えていないような海の家を見て、子供たちがドン引きするのは想像に難くない。
男子ならまだしも、女子は完全にアウトだろう。「二度と来ない」と思うほうが自然である。
女子の来ない夏の海など男子にとって肉の乗っていない牛丼と同じ。
女に受けない海から先に、消えていくのだ。
海のキレイさなんか二の次なのである。透き通った水じゃないことくらい誰だって百も承知である。
むしろ大事なのは「海の家のキレイさ」。
海水も砂浜も大してキレイでもない湘南がいまだにナンバーワンをキープしていられるのは、たくさん女子が来るからである。
たくさん女子が来るのは、設備が整った、清潔感のあるお洒落な海の家があるからである。

先日、静岡県内のとある海水浴場へ行った。
海の家はお洒落とは程遠い、シャワーもトイレも鬼のような、それこそ昭和の時代から何一つ修繕されていないような家だった。
それで駐車場500円+海の家利用料1000円。
しかもシャワー利用料はその中に含まれず、別途一回100円。
おまけにその「1回」がすごい。
100円玉を入れると口からお湯が出るのだが、90秒ほどで止まる。時間制限ありの100円なのだった。
むろん、そんな大事なことでも事前の説明など一切なし。
奥さんが入っているのを入り口で立って待っていたのでどうにか奥さんのヘルプに応えてコインを追加することが出来たが、一人だったらどうなるんだと空恐ろしくなった。
僕の番になってシャワーブースに入ったら一枚だけ貼り紙が張ってあった。
「お湯が止まったら大声で店の者を呼んで下さい」
なるほど、一人だったら叫べばいいのか。
っておいおい。(-_-;)

そこは全国でも名の知れた海水浴場だが、このレベルである。
それでも僕は腹は立たなかった。呆れたが、二度と来るか!とは思わなかった。
海は楽しい。
去年、小学6年以来、何十年ぶりに海水浴をして海の楽しさを思い出した。
キレイな海、キレイじゃない海、波の強い海、色んな場所で遊んだ。
海離れが進む中で、僕は海に戻っている。


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産業廃棄物の許可 行政書士

2017.07.29 | | 時事問題

エンドレス

今日は午後から雨。涼しくなるかと思ったら逆に蒸し暑さが増した。
まとわりつくような暑さの中、安倍首相には野党という蝿がまとわりついて、問題でもなんでもない問題をあーだこーだとやっている。
あっちを叩けばこっちが出てくる。
昼休みにテレビをつけたら「ミヤネ屋」のコメンテーターが、「これを反転攻勢の機会と捉えて、もう全部つまびらかにしてウミを全部出しちゃえば一気に支持率も回復しますよ」なんて無責任なことを言っていた。
本気で言っているのだとしたらオメデタイにも程がある。
いま、新しい「ウミ」が出たら安倍内閣は終わりである。マスコミはさらに安倍批判を強め、そうやっていい人ぶってるコメンテーターだって、いざとなったら「潔く自分から出したんだからいいじゃないの」なんてスタンスでは絶対に喋らない。
国民も「潔い」なんて思わない。加計学園問題が<茶番>だということさえ見えない国民が、どうして人の潔さなど計れよう。
国民の大半はもうサディスティックなヤジウマ根性でしか安倍首相を見られなくなっている。つまり、「辞任するのかしないのか」に関心が行っている。
そもそも大前提として、ウミを全部出すも何も、証拠の提示義務は追求している側(野党および前川氏)にあるはずで、安倍首相ではない。
いま民進党がわめているのは「加計ありきじゃなかったという証拠を出せ」というもので、これはムチャクチャである。まずは自分が「加計ありきだった」と誰もが納得するような証拠を見つけて提示すべきで、それが出来ないのならタイムアウトで負けである。
世界は動いている。
北朝鮮はICBM(大陸間弾道ミサイル)の実験を成功させ、中東ではモスル奪還により情勢がまた新たな局面に入ろうとしている。中国はアフリカのジブチに軍事基地を作り、今更になってプーチンは「北方領土問題は真面目で信頼できる安倍首相と解決したい」と言い出している。
国内は国内で大雨によりいたるところで河川が氾濫しているかと思えば関東は水不足が懸念され、雨が少ない地域では農家にもダメージが出ている。
一体いつまでこんなくだらないことに貴重な時間を使うつもりなのか。
民進党は「印象」だけで証拠を出せない。
前川も文書の出所は言えない、それは問題ではないとシラを切る。
これが裁判ならとっくに棄却されているところだ。
いま民進党がやっていることは、タイムアウト負けしたレスラーが往生際悪くリングに居座って吠えているのと一緒である。
あとにはまだまだ大事な試合が控えている。
私たちは野党に対しそろそろ「ブー!」と言わねばならない。

もし「加計ありき」が問題なのだとしたら、日本獣医師会が石破茂に100万円献金していたこと、有力政治家に岩盤規制を強化するよう「お願い」していたことも問題であろう。
これは日本獣医師会の蔵内勇夫会長が会報に自分で書いているから「疑惑」ではなく「事実」なので、加計問題よりずっとシンプルな話である。
〈私や日本獣医師政治連盟の北村直人委員長をはじめとした本会の役職員は、できれば獣医学部新設決定の撤回、これが不可能な場合でもせめて1校のみとするよう、山本幸三地方創生大臣、松野博一文科大臣、山本有二農水大臣、麻生太郎自民党獣医師問題議員連盟会長、森英介同議連幹事長など多くの国会議員の先生方に、本会の考え方をご理解いただくよう奔走しました〉
(平成29年1月30日の会長短信42号より)

「今後とも歪んだ行政のままでお願いしやすよ」と、もみ手しながら奔走した訳だ。
だからか、獣医師会は閉会中審査の参考人招致に応じていない。「都合がつかない」とか下手な言い訳をしているが、要するに疚しいからであろう。
あっちを叩けばこっちが出てくる。
あっちを悪者にすればこっちが正義に、こっちを正義に仕立てれば・・・
かように、この問題はエンドレスなのである。
「全部つまびらかにしちゃえば国民も納得する」・・・なんて簡単な話ではない。
今でも既に分りにくいのに、ますますこんがらがって気が狂いそうになるだろう。
ある意味、だからこそ国民は「印象」だけで判断するしかなくなっているのかも知れないが、それもこれもマスコミが「忖度ありき」でしか報道せずにきたせいである。
「安倍おろし」を目的化して印象操作を繰り返し、国民が本当に知るべき「経緯」や「人物」を墨塗りにしてきた。
左巻きの人々は安倍首相を翼賛的な戦争大好き人間とレッテルをはるが、日本のマスコミこそ、戦時中の軍部に一番近い。いや、そのものである。
彼らはさぞ面白いことだろう。
自分たちの狙ったとおりに国民が自民離れを起こし、内閣支持率が下がっていくのだから。
羊飼いのように岩の上から国民という名の羊たちを右へ左へ誘導して笑っているに違いない。
世界を手に入れたような錯覚を起こすだろう。
次は国政選挙で「国民ファーストの会」を第一党にさせ日本初の女性総理誕生というシナリオで。

日本国民は彼らに操られる羊である。

そうやって「空気」に流されて、アメリカと戦争することになったのじゃないのか。
バカどもが。
何も反省などしていやしないのだ。

明日は晴れるかな~。

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解体工事 登録 行政書士

2017.07.25 | | 時事問題

政治家使って何が悪い

世の中には<岩盤規制>が腐るほどある。
岩盤規制というのは、おおまかに言うと、既得権益(ずっと自分が安定していられるポジション)をキープしておきたい業者や団体が、行政に圧力をかけたりして堅く門を閉ざし、事実上、新規参入など不可能な状態にすること、もしくはそういうシステムで運営されている諸々の許認可などのことをさす。
日本獣医師会が行政とグルになってやってきたことが、まさにそれである。
しかし加計問題に限らず、日本という国は<既得権益大国>で、既存の、「力のある少数」によって物事が決められる国だ。
オリンピックのようなビッグイベントにおけるゼネコンの受注独占もそうだし、地上波デジタルになってもなぜか民法キー局が依然としてムダに電波を独占しているのもそうだし、身近なところではジャニーズ事務所以外は男性グループを「アイドル」と銘打って売り出せないのもそうだ。
犬も歩けば「既得権益」。
政治から芸能まで、どの業界でも意味不明な「ルール」「暗黙の了解」「忖度」がまかり通っている。
理屈とか論理とかツジツマとかフェアネス(公正さ)、といったものより「馴れ合い」や「慣習」で物事を決めたがる、ほとほと困った国民性なのである。
そしてそれを打破しようとすると、想像を絶する反撃が行われるのもこの国の特徴だ。
いまの安倍総理がいい例だ。
前川前事務次官は総理の意向で物事が決められ、「行政が歪められた」と言ったが、50年間に渡ってたったの一校に対しても獣医学部新設を認めずにきた行政(文科省)のほうがよほど歪んでいると思うのは僕だけであろうか???
しかもそれでことが足りているならまだしも、明らかに四国では獣医師の不足が深刻化しており、BSEや鳥インフルといった新たな脅威も出始めていた。
何年間も文科省に頭を下げて懇願しても門前払いを食らい続けた愛媛県知事や学校の理事長が、たまたま首相として返り咲いた政治家に力を借りることが「悪」だとは僕には思えない。

たとえば、あなたが子供の頃からの夢であった、ナチュラル系のカフェを開きたい!と思って保健所に営業許可の申請に行ったとする。そこでこう言われる。
「この街にはもうカフェは足りてますので、現在新規の申請は受けておりません」
でも実際にはその街にはカフェはたった3軒しかない。そんなはずはないと思ってもう一度行く。
「カフェは足りてます。でもま、申請したければしてもいいですよ。どうせ許可は出ませんけど」
よくよく調べると、既存の3軒のカフェが結託して新たなカフェを作らせないよう役所に働きかけていることが分った。
さらに市民からは「カフェ足りないよね」「新しいカフェでも飲みたいね」との声も聞こえる。
それでも役所は「足りてます。募集はしてません。50年間3軒のカフェだけでやってきてるんで大丈夫です」の一点張り。
そんなとき、あなたの幼馴染が市長に立候補して当選した。
幼馴染でもある市長はあなたの自宅に挨拶に来て
「何か困ってることがあったら言ってよ!ゼア!」
と言ってくれた。

極端な例だと思うだろうが、極端でもなんでもない。
たとえば皆さんが毎日のように利用している「一般ゴミ」の収集業者。
生活ゴミをルートで回って収集してくれているゴミ屋さんも、引越しの時などに出た多量ゴミを引き取ってもらう業者さんも、市町村の指定業者で、市町村から許可を与えられて営業している。
しかし、たとえば僕がパッカー車を買って同じ仕事をしたいと思っても、ほとんどの自治体では新規参入を認めていない。
どれだけゴミが増えようと、高齢化が進んでゴミの処分に困るお年寄りが増えようと、一般ゴミの世界はまさに<既得権益ワンダーランド>で、既存の業者が手厚く保護されているからだ。まさに「岩盤」である。
だから本気で新規参入したい業者は、「政治家」というドリルを使って岩盤を砕き、中に入ろうとする。
それしか方法がないのだ。
そしてそれが一番効果てきめんなのだ。
僕は仕事関係で何度も政治家の「鶴の一声」を見聞きしてきた。
市議会議員が動いて、どうにもならなかった問題が動いたり、役所がケロっと態度を改めたり。
本当にそんな世界だ。
そしてそんなことくらい、マスコミも野党の政治家もみーーんな心得ている。自分もやっている。
分っていながら、忖度がどうのと喚いている。
安倍首相が見返りに1億円もらったとか言うなら問題だが、そんな話でもない。

錆びついてビクともしない城門を蹴破れるのは、政治家しかいない。
そういうのが大好きだったのは他でもない民主党だった。
「官僚主導から政治主導へ」と声高に叫んだ。
だから愛媛県知事の嘆願に応えて、獣医学部新設を邪魔する岩盤規制を打破しようと頑張った。
マスコミも官僚主導の政治を嫌い、日本中が「官僚が悪い!」「官僚が政治をつまらなくさせている」と乗った。
それがなんだ。
今では前川氏のようないかがわしい官僚くずれを妄信し、融通の利かない頭でっかちのお役所を擁護している。
前川氏は職を辞してさっそうと現れたせいで何故か英雄のように思われているが、あれは役所が築いた岩盤規制の門番みたいな男だということを知るべきだ。上の例で言うと、「カフェは足りてますから」と申請者を門前払いする役人。
そんなヤツが出してきた出所不明のペーパーから始まったのが、「加計学園問題」である。

テレビの偏向報道がここ数年来でもっともひどくなっている。
「安倍を悪者に」「安倍が消えればなんでもいい」という結論ありきでやっているから内容もメチャクチャだ。目的の為なら手段選ばずはマスコミの常套手段。
みなさん、ニュースを見るときはくれぐれもご注意を。

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2017.07.21 | | 時事問題

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yuhei

Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
「一般教養としてのロック史」管理人。興味のある方は覗いてみてください。ネットショップも地味に
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