夏と戦争

テレビをつけたらニュース番組が、特攻隊の生き残りの老人を取材したルポを放送していた。
平和のありがたさを伝えるものだ。
そうかそろそろそんな季節かと思った。

戦後日本の夏は戦争とは切っても切り離せない。
僕のような、「戦争を知らない子供たち」が生んだ子供世代にとっても、この国の夏とは、決して明るく楽しいだけの季節ではなく、ランニングシャツの裾に、イヤでも慰霊の鐘の音と線香の香りが染み込んでくる、そんな複雑な季節であった。
もちろんそれは濃度は違えど今の子供たちも同じであろう。
夏には、日本人としてこの国に生まれた者すべてが等しく吸い込む「悲しみのにおい」がある。
そんな「夏」は、当然ながら明治の人も江戸時代の人も室町時代の人も経験していない。漱石も芭蕉も利休も親鸞もこの独特の日本の「夏」を知らない。
知っているのは日本の歴史上、僕たち戦後を生きるものだけである。

無論、戦争はいつの時代にもあった。
京都の人が「先の大戦で」というとき、それは大東亜戦争のことではなく応仁の乱のことを指す(!)、なんて話も冗談半分にせよあるくらいだからいつだってどの季節にだってどの地方にだって、何かしら鎮魂、慰霊、反省、平和への祈念といったものが季節に織り交ざって流れてはいただろう。
しかしここまで高度に近代化・民主化した社会の中で、国民全体がメディア等によって同じ反省や後悔、平和の尊さを半ば強制的に感じさせられなければならない時代は以前にはなかった。
良い悪いではなく、大東亜戦争へのあらゆる感情は、儀式化され慣習化され、戦後日本の夏に溶け込み一体となって、汗ばんだYシャツの背中に、アナウンサーの声の中に、サンダルに、物干し竿に、畳に、そうめんのつゆの中に、甲子園のグラウンドに、午後の静かな駅のホームに、高い高い夏の空に、せみの声に、公園のベンチに、空き缶に、点滅する信号機に、宿っている。

そして僕はそんな日本の夏を嫌いになれない。

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2018.06.24 | | 時事問題

悪い見本

昨日、母を車で千葉まで送り届けたその足でそのまま房総半島を北上して今日は福島にいた。
福島といえばTOKIOである。そしてTOKIOといえばベーシスト山口達也のスキャンダルだが、彼が例の問題を起こしてから、福島県は県庁内に貼ってあったTOKIOのポスターを全部剥がして撤去した。
そしてさっきニュースで、ギターの城島のDVDに山口が映りこんでいるシーンがあるとの理由でそのDVDも発売中止が決まったとあった。
まったく理解できない。
山口が一体何をしたというのか??
そんなに社会から彼の痕跡を消し去りたいならいっそ死刑か国外追放にでもしたらどうだ。
こういう現象は小学生がやっている「エッピー」と同じ精神構造から来ている。
「エッピー」(地方によって呼び名が異なる)というのは、「エッピー」と言われながら触られた子供は汚染物として一方的に認定され、他の誰かに触るまでは汚物、穢れたものとして扱われ続ける戯れのことである。
この遊びに意味があるとすれば、それは誰かを排斥したり迫害することの快感を疑似体験すること、と同時に自らも油断すると同じ目に遭うというゾンビ的な、明日も我が身的なスリルを味わうことで人間社会の不条理を識る、ということであろうか。
子供がやる分には戯れで済むが、大人がやると<悪い見本>以外の何物でもなくなる。
何かちょっとでも悪いことをしたら教室からその生徒の存在を消してしまうべきなんだ、学校からも街からも、僕らはまるでその生徒が存在しないように振舞うべきなんだ、なんて子供たちが思い込む危険性もあるからだ。
実際、イジメというのはいじめられる生徒の側にも何かしら問題があったり原因があったりするケースも少なくないが、テレビの中でオトナたちがついこの間まで人気者だった一個人を社会から抹殺する姿を見せられ続けていたら、子供だって恐ろしくておちおち友達をからかったり冗談も言えなくなる。
そしてそんな狭量で無慈悲な大人の世界を見続けているばっかりに、非常に些細なことでハブられたとき、「自分が悪いんだから」「芸能人だって消されるんだから自分がまたみんなの仲間に戻れる訳ない」などとと思いつめて自殺してしまうかもしれない。
覚せい剤を使った芸能人を社会から抹殺するのも同じように理解できない。
その者が出演したすべての映像がお蔵入りにされたり、処分されたりする。
それに一体なんの意味があるのか?
誰のための配慮なのか?
このご時世に山口達也や飛鳥やノリピーの顔を見て怒り狂う人間が一体どれだけいるというのか?
もし怒る奴がいたらそいつには「だったらアサヒスーパードライ」のCMにもクレームつけろよと言ってやりたい。
ジョニー・デップを使っているからだ。
デップは一昨年、飲んだくれて奥さんにDVを働き、おまけにキッチンで物を投げつけて皿やらビンやらを割っている動画までUPされている。
日本のルールに従えば、いまごろ「シザーハンズ」も「ショコラ」も「パイレーツ・オブ・カリビアン」も日本では放送はもちろん、発売・レンタルまで禁止のはずだが、フジテレビは去年の7月、4週連続で、それも地上波で、「パイレーツ~」シリーズ1~4を堂々と一挙大放送していた。
確かにデップは外国人だ。しかし外人だからOKと言うのならそれはれっきとした人種差別だ。
こういう場合の措置は普通は影響力で測るものだ。

デップは福山雅治とビールのCMに出たり、地上波の土曜の夜に4週連続で放送してもらえるほどの大スターだから影響力もファンの数もトップクラスである。
それに引き換え飛鳥だのノリピーなんて影響力だけで言ったら屁みたいなもんだ。ドラッグをやってたから何だってんだ?誰があれに悪影響を受けるんだよ?今の若いヤツラは存在すら知らねーよ。ジョニーデップは知ってても飛鳥もノリピーも知らないから!
スキャンダルまみれで実際に法も犯しているデップを土曜の夜に4週連続でオンエアし、彼が出ているCMをバンバン流せる国が、どうして女子高生にキスを拒絶されただけの男だけにはそう容赦がないのか??
僕にはサッッッパリ分からない。
正直、分かりたくもないが。
「禊」(みそぎ)とかも意味不明。
反省してないのに反省してるポーズだけとって入院とか自宅謹慎とか。
馬鹿じゃねえのかと思う。
そういうまったく意味のない儀式とか通過儀礼とか、「空気」とかを重んじる陰湿な風土こそが、イジメやセクハラやパワハラの温床になってるっていつになったら気付くのかね。
大体新聞・テレビは山口や福田前次官を強制わいせつだセクハラだと騒ぐ前に、テメエらがどんだけ女子アナたちを道具みたいに扱ってきたかを胸に手を当てて考えてみろと言いたい。
膝上のミニスカを強要していないか、プロ野球選手やJリーガーと政略結婚させたことはないか?容姿や年齢でキャスティングを決定していないか?プロデューサーは女子アナにセクハラをしたことがないのか?
この国は基本的には世界でも類を見ないほどすばらしい国なのに、この国には悪い見本が多すぎ、そしてその悪い見本を誰も「悪い見本」と言わない。
気付かない。
それが僕がこの国の最も嫌悪する部分である。

ペンステモン咲いた(^^♪

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産廃 行政書士 許可

2018.05.14 | | 時事問題

悲しき玩具

米国玩具販売大手の『トイザラス』が破産し、今日、米国破産裁判所に事業の清算を申請したと伝えられた。全米700店舗はすべて閉店する。
日本の『トイザらス』175店舗は直接影響を受けず通常通り営業しているそうだが、少子高齢化が進む日本のほうが営業して本場が倒れるというのも皮肉な話だ。
経営破たんの原因はアマゾンなどネット通販の台頭。
直接店頭で玩具にさわり、欲しい物を選ぶ時代はアメリカの玩具業界では終わりを告げた格好である。
日本のトイザらスが健在なのは、もしかしたら日本人のほうがまだアナログ感覚が残っており、少子化といえども孫と一緒に店頭でプレゼントを買うのを楽しみにしている高齢者が多くいるからかもしれない。
少子化=子供関係のビジネスは全部先細り、ではなく、逆に、高齢化=孫のために金を使う高齢者が増える、と考えれば子供ビジネスもまんざら先細りと決め付ける訳には行かなくなる。
とはいえ子供の絶対数が減っているのだから、長期的に見ればやはり衰退産業であることに変わりはない。
それにしても、今の子供は一体どんな玩具で遊ぶのだろか。
自分の子供の頃に人気があったのはシルバニア・ファミリー、ウルトラマンのソフビ人形、ミニ四駆、ガチャポン、ゾイド、SDガンダム(プラモデル)などなどだが、それらはスーファミやゲームボーイが登場しても淘汰されずにむしろ子供部屋で同居して存在していた。同時に、今思うと不思議だが、メンコやベーゴマ、ヨーヨー、縄跳び、カン蹴りといったいかにも昭和な(まあ、昭和だったんだけどさ)なレトロな玩具や遊びも広まっていた。
「ちびまるこちゃん」が放送開始されたとき誰も「古っ!」と思わずにすんなりあの世界に入っていけたのは、90年代というのは新しいものとレトロなものがゴチャ混ぜになっていた時代だったからだ。
しかし子供というのは不思議なもので、それは今でも大して変わらないかもしれない。
以前にも書いたが、街中で小学生が「グンカングンカンチョーセン!チョーセンチョーセンハーワーイ!!」と叫びながら「軍艦じゃんけん」をしているのを見かけたこともあれば、どこかの地方では道端でメンコを叩いているキッズを見た。近所の子供たちはいつも集まっては自転車で駄菓子屋に行く。そこで世にもキテレツな色をした飲み物や、ヨーグルトのようでヨーグルトでない「何か」を小さな木のスプーンですくって食べたりするのである。
そこだけ見ると自分の少年時代とまったく変わっていない。
違うのはそのうちの何人かがスマートホンを持っていることくらいである。
「デジタル・ネイティヴ」(生まれた頃からデジタル空間で育った子供(世代)のこと。ネットやスマホ、SNS等があるのが自然なことでそれらにまったく抵抗がない)という言葉もあるが、日本の子供は世界的に見たらけっこうまだ牧歌的で、デジタル化されていないのかもしれない。世界の子供たちは実はもっと即物的で合理的で、デジタル的なのかもしれない。
と、トイザらスのニュースを見て思った。

でも、このあいだ兄夫婦と会ったとき、姪っ子(2歳)が勝手に親のスマホをいじくってユーチューブで『アンパンマン』を見始めたときはさすがに引いたけどね!。。。(-_-;)


暖かくなって、ストックがモコモコしてきた。
やっぱり春はいいねー。

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産廃 行政書士

2018.03.15 | | 時事問題

テレビ化したネット世界

個人や企業の言動が一般人の怒りを買い、その個人や企業に対する怒りがネット上に拡がることを「炎上」という。
新聞や週刊誌にも載らないアニアックな「炎上」もあれば、全国ニュースで取り上げられるほどの大炎上まで色々ある。
最近は芸能人のブログや番組内でした発言が取り沙汰されることが多く、ネットで炎上⇒ワイドショーでおさらい、という流れが定着している。
スマホが登場する前は、ここまでテレビとネットの距離は近くなかった。
00年代初頭、ソフトバンクが街頭で紙袋に入れたモデムを配り、一家に1台PCが置かれるようになっても、日本の既存メディアはいつまでも自分たちこそが「情報の王様」であり、ネットなどテレビとは直接競合しない、一部のオタクが使う「オモチャ」だと見下していた。
だからホリエモンがニッポン放送を買収しようとしたとき、すごい拒絶反応が起こった。タモリも中島みゆきも番組を降りると言った。ホリエモンという人間に対する胡散臭さもあったと思うが、何より新興勢力である「ネット」とか「デジタル」とかいうものに対する拒絶感がそこには滲んでいたように思う。
ブロードバンドが普及し通信インフラも整い、ニコニコ動画やユーチューブが出てきても、まだテレビおよびテレビ関係者は上から目線だった。
今でもはっきり覚えているが、あるダウンタウンの番組で、山崎邦正がネットラジオに出ていることが笑いものにされていた。芸能人の仕事で最も底辺にあるのがネット番組と言いたいらしかったが、そのとき山ちゃんを笑っていた松本はいまアマゾンプライムで「底辺」の仕事をしている。
「何がおかしいんですか!」とムキになっていた山ちゃんのほうが松本などよりずっと先見の明があった。
そんな風にテレビはネットを「いかがわしいモノ」と白い目で見ていたし、ネットはテレビを「古い」と馬鹿にしていた。
しかしいまはどうだろう?
ネットで炎上したり話題になるのはテレビで放送された事柄が多数を占め、スマホでYahoo!を開けば出てくるのはあの芸能人がこんなことを言った、あんなことを言った・・・・そんな記事ばかりである。
要するにニュースソースが既存メディアが発したものなのである。

かつてはネットというのは自分が主体的に能動的に「面白いニュースや場所を探す」ものだった。
それがいまじゃテレビや雑誌のWEB版のおこぼれに預かり、テレビを見るのと同じ受身の姿勢で情報を享受している。
このような<ネットのテレビ化>を招いたきっかけがスマートホンの登場であることは言うまでもない。
ガラケーとは比べ物にならない手軽さと使いやすさで「ネット」を携帯できるスマホの登場で、構図そのものが変わった。
もはや「既存メディアVSネット」などという対立軸が意味をなさなくなるほど、スマホは情報を格納でき、ユーザーそれぞれの嗜好によりカスタマイズできた。ほとんど電話というよりゲーム機代わりにする人、音楽プレイヤーとして使う人、動画を投稿する人・・・。
人のライフスタイルそのものを変えた。
スマホによって、かつては明確にあったテレビとネットの境界線が薄れた。
それでどうなったか。
境界線が薄れるとなだれ込むのはいつも悪臭と決まっている。
デスクトップやガラケーよりずっと受動的に情報を享受しやすいスマホにテレビ的な素材はなじみ易かった。
人気モデル、美味しいお店、お笑い芸人、地下アイドル、着るだけで腹筋が割れるシャツ、ワイドナショー、渡辺直美、平野ノラ・・・・・それらの広告やキーワードをスマホを通して毎日のように見ている。いや、見させられている。

かつてのネットにあったいい意味での「閉鎖性」「ネットらしさ」はスマホを通してみる「ネット」の中にはもうない。
スマホ=「ネット」と見ることで、ネットがメインストリームになったと見るべきなのか、それともスマホが媒介したことでネットがテレビに乗っ取られたと見るのか・・・微妙なところだ。
いずれにせよ、僕らはスマホという未来の道具を通して、テレビ的な、偽善と感情優先の思考に「戻されている」のは確かだ。
その証拠に、くだらない「炎上」が後を絶たない。
NHKの「みんなのうた」で流されていた『あたし、おかあさんだから』という歌の歌詞が押し付けがましいとかで炎上し、現在配信停止状態になっている。
宇野昌磨の女性コーチがちょっと美魔女風だからというだけで「ベタベタしすぎる」「ネイルが派手すぎ」「キモイ」「恋人つなぎすな」などなど散々な言われようだとか。ネットの中で。。

こういう記事に必ず書かれる「ネットの中で」の「ネット」とは、一体どこのネットなのだ?
今起こっている上の2つの「炎上」が、スマートホン登場以前にも起こったとは僕にはどうしても思えない。
「スマホ」とは、「テレビ化したネット」のことだ。

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産業廃棄物 許可 行政書士

2018.02.25 | | 時事問題

アジアの純真

ピョンチャン五輪が開幕した。氷上のマグマ・羽生結弦がケガを乗り越えて連覇を成し遂げるか、パッチリ二重メイク術を習得し最高級ベンツ4WDを乗り回し「風の精」から見放された高梨沙羅が吹っ切れてメダルを獲得するか・・・気になるところ。
現地の会場ではノロウィルスが蔓延し開会直前に関係者1000人以上が感染するというトンデモ事態に陥っているが、それでも開会式はつつがなく行われ、明日から本格的にメダルレースが始まる。
韓国から少し南に視点を移すと、台湾では大地震があって当然ながら日本が大きい声で支援を申し出た。東日本大震災では台湾から200億円もの義捐金が送られたが、今度は自分らが恩返しする番だということでツイッターでは「♯台湾加油」(台湾頑張れ)がトレンド入り。多くの応援の声が挙がっている。
ちなみに東日本大震災の時に日赤に送られた義捐金を一番多く出したのはアメリカで、次が台湾、その次はタイ、オマーン、中国・・・と続く。で、18位モンゴル、19位フィリピン、20位イタリアとなるのだが、一番近くにあるどこかの隣国は一向に見当たらない。開会式では大層な美辞麗句を並べ立てていたが、やっぱりそういう人たちである。

ところで震災直後に200億円もお金を日本に送ってくれたにもかかわらず、NHKはじめ親中メディアは中国に配慮してこの台湾の「気持ち」をほとんど報道しなかった。だからいまだに台湾が「日本LOVE」という気持ちで多額の義捐金を送ってくれていたことを知らない日本人は多い。
と、思っていたのだが、この「台湾に恩返し運動」を見る限り、7年経って情報も行き渡ったようだ。
台湾こそは戦時中の日本の統治が「植民地支配」などという白人じみた搾取の限りを尽くすようなものではなかったことを証明する唯一の「良心のある隣国」だが、だからこそ中国は日本と台湾の距離が縮まることを極度に嫌う。
今回の地震の災害支援も中国の申し出を断って日本の支援だけ例外的に受け入れることにした台湾に対し、中国は反発。日本にも抗議してきた。台湾を自国の一部と思っている中国としては、頭越しに日本と台湾が蜜月めいた関係になるのが不愉快でならないのだ。
しかしその中国だって311の時には義捐金を送ってきた。「ひとつの中国」を標榜している手前、台湾が独立した国家であると認めるような行動をとる国やリーダーに抗議をするのは当然と言えば当然だ。自分が逆の立場でも「おいおいおい」と言うだろう。尖閣を狙ったりサンゴを密漁したり色々迷惑な国だが、もともと拡大思想の国だからそれもまあ理解は出来る。(許すという意味ではない)

やっぱり一番理解できないのは・・・いまオリンピックやっている国だな。
自分が逆の立場でも・・・それはしないわ。。(-_-;)
ということばっかりやってる国である。

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大阪 産業廃棄物 許可

2018.02.09 | | 時事問題

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プロフィール

yuhei

Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
「一般教養としてのロック史」管理人。興味のある方は覗いてみてください。ネットショップも地味に
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