1日5000歩

1日5000歩以上歩くことを目標にしている。

自宅が職場だと通勤がないから一歩も家から出ずに一日が終わる・・・なんてこともザラで、当然、運動不足になる。そのくせ人並み以上に食いしん坊だから油断するとすぐ体重計恐怖症に陥る。
1日5000歩というのは普通の人には大した歩数ではない。
距離的にはせいぜい3kmくらいで、毎日駅まで歩き、乗り換え、学校や職場に行って帰って・・・という人なら誰でも恐らく無意識に達成している数字である。
しかしその誰でも当たり前に出来ていることがなかなか難しい。
家の周りを一周したくらいではダメ。最寄駅を超えて回り道をして戻ってきても足りない。

土曜日、所沢のゆり園に行った記事を書いたが、駐車場から歩き、園を一周して帰ってきてもたったの2946歩であった。
ところが、である。
昨日、奥さんの買い物に付き合って地元のディスカウントストアに行った。
2時間ほどウロウロしたろうか。
結果、4349歩!
昨日はほぼそこにしか行ってないから、ディスカウントストアで靴下見たり洗剤選んだり食料品売り場で「スジャータ」探して徘徊していただけでそんなに歩いていたってことだ。
スーパーでの買い物もまんざら馬鹿にできない。
もっとも、ただ歩数を稼いでいるだけでいわゆる「ウォーキング」というのとは違うけど。
まあ、それでも運動は運動である。

ちなみに今日は5779歩だった。歩いて地元の個人店のお店へランチに行き、ついでに仕事の用事も済ませてきたのがよかった。
万歩計はないので、歩数はスマホが数えてくれている。
でも消費カロリーまでは出してくれないので、そこまで分るちゃんとした万歩計を買いたい。

明日は来客あり。
最近、毎日何かしら仕事がくる。。その割りに実入りは少ないが・・・。景気がいいのか悪いのか。(T_T)

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2017.06.19 | | 未分類(日常、随筆)

福島の日

今日は福島でお仕事だった。

幸い天気にも恵まれ日中は蒸し暑さを感じるほど。
福島市内での仕事を終え、ランチを求めてウロウロ。

最近はよほど時間がないとき以外、なるべくコンビニやチェーン店で済まさないようにしている。
その街を知るには、歩くことが一番大切である。
10分でも15分でも歩いた街と、車で素通りしただけの街では印象もだいぶ違うし、なにより街と自分との「距離感」が全然違う。
そしてその次に大事なのは、その街を「使う」ということだ。
ちょっとした買い物や食事、待ち合わせをするだけで、それまで見知らぬ場所だったそこが、なんとなく自分とつながったような気がする。
職場や学校があるのでイヤイヤ毎日通っているとか、人に無理やり連れて来られたとか、そんな受動的な使い方ではなく、能動的に「使う」。
たとえ通い慣れた同じ道、同じ住宅街、同じ駅でも、自分が「使われている」「早く帰りたいな」という意識で歩くのと、自分が「使っている」「来たいから来た」という意識で歩くのとでは、全然違う印象を抱くものである。気持ちよさも雲泥の差だ。
個人的には福島は何度か泊まったこともあるし、以前レンタサイクルで市内を走り回ったこともあるから知らない街ではないのだけど、それでも歩くと違う。
街の「いま」が見える。感じられる。

街の呼吸と一緒に息を吸い、街の鼓動に乗って歩いて汗をかく。
ほんの束の間でも。

20分ほどウロウロして、どうにか某居酒屋にて和食ランチにありついた。

「歩く」「食べる」。
これが最高だね。

午後は車で福島から南相馬へ。
ナビにどれだけ目的地を入れてもとんでもない迂回ルートしか表示しなくて、なんでだなんでだと思っていたら、そうだと思い当たった。
このナビ、2012年製だ。
原発事故でこの辺一体が封鎖されていた頃にデータ入力された機種である。なので、それを反映して当時封鎖されていた道路はルートを探知しないようになっているのだ。
参ったな。
でもググったら飯舘村を突っ切るルートがあり、そっちのほうが断然早い。
給油のため立ち寄ったガソリンスタンドでお兄さんにスマホの画面を見せて聞いた。
「このルートってもう走れるの」
「走れますよ!」
ちなみにこのお兄さんは無料でウォッシャー液を補充してくれた。スッカラカンだったから超助かった。。アリガタヤ(T_T)

飯舘村はもう避難指示が解除されていて「おかえりなさい」とか「ただいま」といった文字の書かれた看板が目に付いた。走るたびに思うが、本当にのどかで美しい村である。
南相馬での仕事のあとは国道6号で双葉町、大熊町、楢葉町と走ったが、この辺りはまだ帰宅困難区域で、国道6号から左右に曲がる道は全てバリケード封鎖されている。
地震のすぐあとに一度来て、その後も数回走っているが、相変わらず道路沿いのコナカもコメリもローソンもドコモショップもパチンコ屋も、あの日のままの状態で時間を止め、雑木や雑草に埋もれて古色蒼然としていた。
民主党政権でなかったら水蒸気爆発も起こらずここまで被害は広がらなかった。そう思うと本当に悔やまれる。
間違った選択をすると、ここまでの惨劇・不幸・悲劇を生むのだという教訓にするほかない。
だから東京都民が小池百合子なんぞを信用しているのを見ると怖気が走るのである。
気は確かか?と。
なぜ大衆というのはこうも物忘れが激しいのだろう。
なぜ何も学ばないのだろう。

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2017.06.16 | | 未分類(日常、随筆)

千葉愛

今朝一番で千葉で仕事があったので、昨夜は千葉駅近くのビジネスホテルに宿泊した。早起きして朝の通勤ラッシュに巻き込まれながら千葉まで来る気になれなかったのである。
部屋に入るとすぐそこでドガガガガと音がする。カーテンを開けて窓を覗くと下は工事現場(笑)

幸い1時間ほどで工事は終わったが、このとおり、現在千葉駅周辺は拡張&再開発の真っ最中。
再開発とは景気がいい。
既に駅自体のリニューアルは大半が済んでいて、残すは千葉の象徴「ペリエ」(若者向けの百貨店)のリニューアルオープンのみとなった。9月にオープン予定らしい。

千葉といえば去年「千葉パルコ」が40年の歴史に幕を閉じたが、千葉パルコの閉店は千葉市民のみならず、多くの関東在住のアラサー、アラフォー男女に驚きと、ちょっとした切なさを味わわせる「事件」だった。(と思う)
新宿のマルイ・メンにお気に入りの店があるのだが、何の拍子かそこの店長と千葉パルコの話になって、彼も「個人的にショックでしたし、アパレル業界に衝撃走りましたよ」と言っていた。冗談半分だとしても、まあ、アパレル関係の人には考えさせられる事件だったのは確かだろう。
くわえて、千葉パルコ閉店は「人口減少」「少子高齢化」「若者の地元離れ」など地方都市の抱えるリアルな課題を浮き彫りにさせるような出来事でもあり、その意味でも考えさせられるものだった。
僕は別にパルコのファンではないが、千葉パルコがもっとも輝いていた頃を知っている一人として、「パルコの閉店=千葉の終わりの始まり」のような気がして人事とは思えなかった。
90年代の千葉駅周辺はそれは活気があった。
千葉パルコ前の中央公園では休日にはフリーマーケットが開かれ、ニット帽をかぶったガラの悪いスケーターボーイたちがジャンプの練習をしていたりした。路地にはHIDEやGLAYや黒夢よろしく髪を染めたバンドマンたちがギターを背負ってウロウロ、駅前では顔黒ルーズソックスの女子高生たちが大股開いて地べたに座っていた。家は茂原か安房鴨川か。房総半島中の田舎者どもが「自分」を見せるために、快楽を得るために、夢を見るために千葉駅で降りていた。
僕もその一人だった。
千葉市民会館にハイロウズが来たので友人と一緒に観に行ったら開口一番甲本ヒロトが言った。
「汚ったねー街だなー!」

高校2年の僕はヒロトのその言葉を自分なりに拡大解釈して「ロックな街だな」という意味だと好意的に捉えたが、そう言う意味でなら、確かに汚く、活気があった。
それから月日は流れ、仕事でもプライベートでも千葉にはよく来ていたが、徐々にそのいい意味での「不潔さ」は陰を潜め、ガングロ女子高生もバンドマンもスケーターボーイも姿を消した。電車を乗り継いでわざわざ千葉まで来る「理由」も、若者自体も減っていたのだ。
そして気付けば「聖地」パルコの閉店。
つい最近まで、いや昨日まで、僕は「千葉ももう斜陽だな」と思っていた。
それが、である。
今日、市街地を歩いて今までにない「異変」を感じた。
人が多い。

12時前だというのにステーキ屋の前には行列が出来、なぜかただのソバ屋は満席、そごうのルイ・ヴィトンを冷やかしに行ったら買い物客(中国人ではない)でワイワイしているではないか。ただの水曜日なのに休日のような賑わいなのだ。
同じ時間帯でも少し前はどこも閑散としていた。上のステーキ屋は「ペッパーランチ」に毛が生えた程度のつまらん店で、いつもガラガラだった。
季節のせいだろうか・・・。
そういえば自分が泊まったホテルもそこそこ部屋は埋まっているようだった。
千葉のルネッサンス(再生)・・・?
C-ONE(シーワン:商店の並ぶアーケード)を歩きながらそんな言葉が頭をよぎったほど。
パルコ閉店で「チバ終わった」という世評を跳ね返そうとでもするかのような、そんな「風」を感じた。
気のせいでなければ嬉しい。
浦和もがんばれー。。(-_-;)

ヒペリマムが咲きました☆

最近花の写真撮ってない。

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2017.06.14 | | 未分類(日常、随筆)

ニンニクとバーニャカウダー

さっき、昨日収穫したニンニクをパスタに使った。皮をむくや香ばしい香りがキッチン中に広がって、包丁をいれるとシャキッシャキッと音がする。むちゃくちゃ瑞々しい。ニオイもいわゆる「にんにく臭」というような不快なものではなく、気取った言い方をするなら「食材の香り」という感じである。
加熱しても香りが飛ばず、最後まで風味が程よく残って、いつものパスタが数倍美味しく感じられた。
普段はスーパーで青森産かスペイン産のニンニクを買って使っているのだが、ここまで(いい意味で)ニンニクを意識させられることはなかった。実際、一昨日は市販のニンニクを使って別のパスタを作ったがこれといってニンニクがどうとか思わなかった。
自分が育てたニンニクだと思うから余計そう感じる、というのもなくはないだろうが、僕はそれほど自分の家の野菜に愛着を持てないほうなので、客観的にみているつもり。
てか昨日収穫したニンニク、出来悪かったんだよね。全然大きくなってなくて、ガッカリしたくらい。
でもこの味なら大満足。
タマネギにも期待しよう。自宅で初アヒージョ作ってみようかな。

最近、バーニャカウダとガパオライスにハマっていて、自宅でも作ってみたりしている。アンチョビも常備っ。
しかし好き好んで食っておいて言うのもなんだが、つくづく、日本人というのは何でも食うなと思う。
バーニャカウダはイタリアの料理だがイタリアでは「ザ・男のつまみ」扱いで、女性はニオイが翌日まで残るのを嫌って遠慮するそうだ。つまりイタリアでは特にお洒落な食べ物ではないらしい。
そんな「オッサンのつまみ」を日本の若い女性たちが女子会などで「おされー」とかいいながら有難がって食べている。
ニューヨーカーたちが「たこわさび」とか「裂きイカ」を「It so cool」とか言いながら気取って食ってたら「いやクールではないぞ」って突っ込みたくなるだろう?それと近い思いをイタリア人たちはバーニャ大好きな日本の女子たちに抱いているかもしれない。
いや、でもフツーに美味いからね、バーニャカウダ。
野菜が進む君だし。
でもヘルシーではないよね。あれは。

梅雨なのに全然雨が降らない関東。
この調子で夏までカラリと行ってくれると嬉しいんだけど。。
でも水不足はいやよ。

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2017.06.12 | | 未分類(日常、随筆)

ニュートラ、ハマトラ。

今日は横浜で仕事。予報では曇りのち雨だったがみるみる晴れた。

雨といえばドリンクメーカーのダイドーが自販機の横に無料の「レンタル傘ボックス」を設置したとか。電車の忘れ物の傘を再利用したサービスだ。もっとも、使い終わったらもとのボックスに返却してね!との注意書きはある。家に持って帰っても何も言われなさそうだが、日本人は律儀だから7割くらいの人はちゃんと返すんじゃないかな。

横浜駅西口の「リゴレット・オーシャン・クラブ」(というお店)のアマトリチャーナ。

あんま期待してなかったけどこれは美味しかった!生パスタ風の固ゆで平打ちパスタがグッド。ビッグサイズのアイスコーヒー(100円)も嬉しい!v(。・・。)イエッ♪
テラス席では女たちがタバコ片手に昼間っからアラカルト&生ビール。
いかにも横浜らしい自由な雰囲気。

話は変わるが、70年代~80年代前半にかけて「ニュー・トラディショナル」(ニュートラ)なるファッションがこの国で流行した。
と、先日、遊びに来た母に教えられた。
「ニュートラ」とは「ニュー・トラディショナル」(ニュートラッド)の略で、母によると、「良家のお嬢さんっぽいスタイル」だそうで、横浜から派生した「ハマトラ」なんてスタイルもあったらしい。具体的にどんなスタイルなのか調べたら・・・
「ニュートラ」は、「反ジーンズを旗印とし、シャツと膝下丈のタイトスカートの組み合わせが代表的なコーディネート」で、
「ハマトラ」は、70年代後半にニュートラから分岐したもので、横浜元町周辺の女子大生から広がった女性版アイビー・スタイル。「フクゾーのトレーナー」、「キタムラのバッグ」、「ミハマの靴」など横浜のショップのアイテムが好まれた。大人っぽさや女性らしさを志向するニュートラに対して、ハマトラは子供っぽさを特徴としていた。」とな。
「ミハマの靴」って何?って感じだが、とにかくそういうブームがあって、川崎に生まれ育ち、渋谷を主戦場にしていた母もそういうファッションに身を包んでいたらしい。
なんでそんな話になったのかというと、母の日に僕が白いバッグをプレゼントしたら、母が「これニュートラよニュートラ!」と喜んだのがきっかけだった。
僕がそのバッグを選んだのは横浜を感じたからだった。横浜を感じたというより横浜で見かけるお洒落な女性が持っていそうなバッグ、という感じだったのだ。
それが母には「ニュートラ」だか「ハマトラ」に見えたのだった。
うちは父も母も神奈川で、祖母もいとこも親戚はみんな神奈川にいた。
横浜にはあまり来なかったが、大人になって頻繁に来るようになって、徐々に自分の中で大きくなっていった。なぜだろう。
「ただ単にキレイなひとが多い街が好きなだけじゃない?」
とよく奥さんに冷やかされるが、うん。はっきり言って否定はしない!∠(・_・)ハーイ
などと下らないことを考えているうちに帰宅~。

水やりを忘れていたので、どの花もグッタリしている。
カバンだけ玄関に置いてそのままジョーロに水を汲んで水遣り。。。

キュウリも出来てるし・・・。


なかなかの出来栄え。お漬物にしよう。
帰宅後、着替えもせずに野菜を収穫するのはそれはそれでちょっといい気分かも。
こういうライフスタイルを「サイトラ」(さいたまトラッド)という。

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2017.06.08 | | 未分類(日常、随筆)

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Author:yuhei
築30年の借家でホームオフィスをしながら理想の庭づくり、理想のインテリアを探求する日々の記録。
「一般教養としてのロック史」管理人。興味のある方は覗いてみてください。ネットショップも地味に
コメ欄クローズ中ですので、現在お声はメールでお願いしております。
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